今週の福音
第1朗読 イザヤ書 55章10~11節![]()
第2朗読 ローマの信徒への手紙 8章18~23節![]()
福音朗読 マタイによる福音書 13章1~23節![]()
(外部サイト:聖パウロ女子修道会が開きます)
年間第15主日
今日の聖書朗読は、引き続き神のみ言葉を広めることに焦点を当てています。神のみ言葉を広めるよう召されている私たち自身も、日々の生活の中で神のみ言葉を受け入れる姿勢を改めて見直すよう、促されています。このテーマについて深く考えることは重要です。なぜなら、神の言葉を他者に伝えるという召し出しにどれだけ真摯に応えられるかどうかは、私たちが神の言葉をどれだけ深く理解できるかにかかっているからです。また、神との関係が、この召し出しに応える上でどのように役立つかについても、考えてみる必要があります。
福音書朗読でよく説明されている種まきのたとえ話は、私たちが今日に至るまでキリスト教徒としての生活をどのように送ってきたかを正直に振り返ることができるように、今一度きちんと自分と向かい合って、沈黙して立ち止まるべきだと思い起こさせます。さらに考えるべき点として、私たちは社会、それぞれの家庭、学校、職場、そしてさまざまな人間関係における日々の経験が、神の言葉に対する私たちのふだんの理解にどのような影響を与えるか、ということもあげられます。 私たちは人間ですので、周りの日常の出来事は私たちの感情に影響を与え、おそらく最終的には私たちの動機や視点にもある程度影響を与えます。今日、私たちは大丈夫かもしれないが、明日は大丈夫ではないかもしれない。しかし、私たちの信仰の文脈では、神は私たちの人生における過去と最近の出来事を利用して、種子を育てるためのより良い土壌となり、いわばより大きな実を結ぶ木、あるいは とてもきれいな、大きな花を咲かせる植物に変えることができることを、私たちは理解します。
時々、私たちは自身が、種子の成長が不可能な、セメントで固められた地面のような硬い土壌のようになっている様を見ることがあります。
時々、私たちは根の成長が短期間しか続かない、岩だらけの地面のようになっていることもあります。
時々、私たちは周囲に棘がたくさんある土地のようになることもあります。 これだと、たとえ種子が完全に成長した植物や木になったとしても、花咲く植物や実を結ぶ木としての可能性を最大限に発揮することはできません。
しかし、神のお恵みは、私たちの心に植えられた種の成長を妨げるどのようなものよりも大きく、強力です。 詩篇のいくつかの励ましの言葉を利用しましょう。土地の実りある収穫は神の介入の産物です。 私たちが言ったり行ったりするすべてのことにおいて、神の介入を私たち自身が見ることができますように。人間の心に植え付けられた神の言葉は 決して無駄にはならず、神の摂理による完璧な時にその目的を達成するでしょう。私たちには常に喜びと感謝の気持ちを持って生きる、十分な理由があります。
主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー
