今週の福音
第1朗読 創世記 12章1~4a節![]()
第2朗読 テモテへの手紙2 1章8b~10節![]()
福音朗読 マタイによる福音書 17章1~9節![]()
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四旬節第2主日
イエス様と弟子たちの関係においてのとても大切な瞬間とは、単にイエス様が弟子たちにとっての先生であるという事だけではなく、キリストであり救い主であり、皆が待ち望むイスラエルのメシアであるという事を認識できる瞬間です。もう一つの大切な瞬間は、完全に弟子たちにとって先生(イエス様ご自身)でありメシアであると認識されたイエス様が、遅かれ早かれ、イエス様の事を脅威や敵とみなす人びとに「引き渡され」、「磔刑」を受け、最終的には十字架上で「死」を迎えるといった苦しみをお受けになる事を、弟子たちに告げ知らせ始めた瞬間です。そして、3日後に死から復活される事は、弟子たちがよく理解すべきもう一つの事です。私たちは、イエス様の最初の弟子たちのように、例えば永遠の幸福、人生のいろいろな困難な事柄から私たちを永遠に解き放ってくださるメシアを切望しています。私たちにとって最高の場所を見つけた時、私たちは永遠にその場にとどまりたいと思い、その願いは永遠に続きます。明日ではなく、今すぐにと、誰もが切望しています!しかしながら、私たちは皆、地上での現在の生活において、もっと深く黙想し、神様のぶどう園で成すべきことを達成するための勇気と喜びを見出すようにと招かれています。これが今日の福音朗読での基となる招きであり、天の父である神さまから遣わされた方として、もっとイエス様に信頼を置くようにと招かれているのです。
洗礼の秘跡は、私たちが神様の愛とキリストの平和を広め続けるために遣わされた事を思い起こさせてくれます。私たちは皆、弱者には力を与え、声なき人々には声を与え、隣人たちが語り合い、正義と和解を通して、平和と静けさのための空間と場所を与えるために遣わされているのです。第一朗読の創世記では、その使命についてよく説明されています。神さまの御ことばに心から耳を傾ける神さまの子どもは、神さまから遣わされる事を望んでいます。私たちは、この点でどのように「遣わされる」のかについて、とても特別な理解があります。アブラムとその他の人々が、神の民を導くようにと遣わされ、彼らがこの呼びかけに応えた話の通り、彼らは、たった一人でその使命を果たす事はありませんでした。彼らを遣わされた神さまは、彼らを敵から守るために、いつも共におられました。
第2朗読のテモテへの励ましの手紙で、パウロも同じことを言っています。それは、単なる人間からくるものではなく、まさに神さまからの聖なる招きなのです。私たちは、神さまがお与えくださった強さと忍耐によってお応えするのです。私たちは、私たちをお遣わしになった神さまに信頼を置くのです。
私たちには、静けさのうちにもっと時間を費やせるよう、四旬節を遵守する上で大いに助けとなるテーマが与えられています。私たちは、黙想するのに助けとなる逃れ場を見つけるかもしれません。霊的な声を聞くための最適な機会を得るかもしれません。読むべき良書に巡り合えるかもしれません。私たちの喜びや悲しみを隣人たちと分かち合う事が、キリスト者としての最良の生き方である事も忘れてはなりません。私たちは、神さまからの恵みを受けているのです。今こそ、私たちは勇気を持って、神さまからのたくさんの恵みを伝えていきましょう。
主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー
