今週の聖書朗読 2026年8月9日

今週の福音

第1朗読 列王記上 19章9a、11~13a節
第2朗読 ローマの信徒への手紙 9章1~5節
福音朗読 マタイによる福音書 14章22~33節

(外部サイト:聖パウロ女子修道会が開きます)

年間第19主日

ここ数週間の日曜日に分かち合ったことの中で、多くの考察すべき点が提示されましたが。これらを通して私たちは教会に来ること、ミサに出席すること、秘跡を受けること、教区の共同体のメンバーたちと共に信仰生活を祝うこと、そして様々な形で他者を助けるという呼びかけに応えることが、私たちの心が宝の所であることを示すしるしであると確認し、それに同意するよう導かれてきました。

ここで私たちが扱っていることは、信仰生活、つまり、私たちの真の宝である、神との関係です。

今日の福音書では、以前の、イエスと弟子たちがパンと魚を増やして五千人以上の男女子供からなる大勢の人々を満腹させたという出来事の後に来る、弟子たちが舟で先に進む中、イエスが一人で祈るために山に登ったエピソードが語られています。

今日の福音書の冒頭で、弟子たちは、宣教活動において祈りがいかに重要であるか、イエスがお示しであることを理解する機会を与えられたのでしょう。実際、祈りは単に、数ある重要な要素の一つというわけではありません:祈りはすべての司牧や奉仕の働きの中心にあるのです。 

イエスご自身が祈りのために山に登られたというのは、弟子たちにとっても絶好の気づきの機会だったのかもしれません:群衆に食事を与えるという奇跡を目撃した後、次にすべき ことは祈りと感謝に時間を費やすことだと気づくための機会です。

その後、イエスは弟子たちの悪天候--強風と高波を伴う嵐--の体験を、彼らの信仰を強める機会としても利用されました。

弟子たちは恐れおののきました。彼らは恐怖のあまり、水の上を歩いてこちらに向かってくるのがイエスだとはすぐには気づきませんでした。

しかし、イエスは自らを現し、その臨在を確信させることで、彼らに平安をもたらしました。嵐のさなかでも、イエスは彼らが決して孤立していないことを思い出させました。イエスはこうして彼らにイエスご自身が臨在し守っておられることを確信させ、彼らをより深い信仰とご自身への信頼に導いたのです。

時として、あるいは私たちが思っている以上に頻繁に、私たちは神の臨在に気づかないことがあります。困難な時にこそ、その傾向が顕著です。恐怖や不安、不確実さに圧倒 されると、主が近くにおられることに気づかなくなってしまうかもしれません。

ですから、恐れや不安、人生の嵐のために神の臨在を感じられない時、神が私たちの心を落ち着かせ、平安を体験させてくださるための恵みを注いでくださるよう、祈りましょう。尽きることのない神の臨在、憐れみ、愛を通して、主を賛美しましょう。

主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー