投稿者: 管理者

  • 2025年4月中原カトリック教会からのお知らせ

    3/30(日) 病者訪問グループのオリエンテーション

    第一部門(典礼)

    病でご自宅にいて、教会に来られない方を訪問するグループを作ります。ミサ後に、オリエンテーションを行いますので、話だけでも聞きたい方、興味のある方、ぜひ参加したいという方、第二信徒会館図書室にお集まりください。奇数月第三日曜日ミサ後に定期的に行っています。3月は30日になります。

    一粒会講演会のご案内

    一粒会

    一粒会講演会 2025年4/29火曜日(祭日:昭和の日)
    場所 貝塚教会 時間13時開演14時終了 14時~15時茶話会
    講師 貝塚教会主任司祭 山口道孝神父
    講話 天正遣欧少年使節の足跡をたどって

    【天正遣欧少年使節とは】
    1582(天正10)年に日本初のヨーロッパ使節として、九州の大名らが「名代」(みょうだい、代理人のこと)」としてヨーロッパに派遣した使節団を指します。彼らは、日本で初めてヨーロッパに公式に派遣された使節でもありました。そのような大役を務めたのは、「伊東マンショ」「千々石(ちぢわ)ミゲル」「原マルティノ」「中浦ジュリアン」の4人です。いずれも出発時点で10代前半の若さだったことから、「天正少年使節」や「天正遣欧使節」とも呼ばれています。

    四旬節愛の献金のお願い

    第三部門(社会福祉)

    広く国内外の自立支援やいのちを守る活動への支援に使われます。世界中で困っている多くの兄弟・ 姉妹のためにご協力をお願いします。

    教会委員会委員募集

    役員

    教会委員ですが、依然として人が不足しており大変苦労しております。共同体として信徒の皆さんによる協力により教会運営が成り立っております。自薦他薦をお待ちしております。

    十字架の道行き

    第一部門(典礼)

    四旬節第3主日、第4主日、第5主日はミサ後に、「十字架の道行き」を行います。ぜひ、ご参加し、皆さんで祈りましょう。

    聖週間

    第一部門(典礼)

    今年の復活祭は、4/20(日)12:00からとなります。
    なお、聖週間の予定を以下の通りとなります。特に聖木曜日、聖金曜日はご都合がつかない場合、鹿島田教会をご利用ください。
    4/13 11:00 受難の主日(枝の主日)
    4/14 なし   受難の月曜日
    4/15 19:00 受難の火曜日
    4/16 なし   受難の水曜日
    4/17 17:00 聖木曜日(主の晩さん)
             ※鹿島田 19:00
    4/18 17:00 聖金曜日(主の受難)大斎・小斎
             ※鹿島田 19:00
    4/19 19:30 聖土曜日(復活徹夜祭)
             ※鹿島田 17:00
    4/20 12:00 復活の主日 
             ※鹿島田 9:00

  • 今週の聖書朗読 2025年3月30日

    今週の福音

    第1朗読 ヨシュア記 5章9a、10~12節
    第2朗読 コリントの信徒への手紙二 5章17~21節
    福音朗読 ルカによる福音書 15章1~3、11~32節

    四旬節第4主日

     今年の四旬節は、神さまのいつくしみと愛に対して焦点を当て続けています。けれども、 今日の朗読では、神さまがこの永遠のいつくしみと愛で、私たちを包み込んでくださっている事について、更に詳しく書かれています。私たちの基本的カテキズムは、私たちが罪を犯す時の、私たちが愛している神さまからの疎外 (離別/疎遠) について教えてくれています。私たちは、心の中での日々の回心を通して、その疎外から立ち直るようにと努めます。ですから、私たちは、悔い改めの招きを待ち望み、神さまとの和解を約束するという事について、よく理解するようにと呼び掛けられているのです。私たちは、キリストとの和解のメッセージをはっきりと見極めることができます。キリストのうちに、私たちは、 新しく創造された者となるのです。神さまは、キリストのうちに、私たちと神さまご自身とを和解させてくださいました。このことを、私たちがより良くなり、信仰を育むようになるための日々の努力の礎としていきましょう。
     特に今日の福音朗読では、貪欲や不正、攻撃的な執拗さや暴力、怒り、憎しみ、無関心、 恨みといったネガティブな力によって支配されている、私たちの生き方について、十分に意識するようにと私たちに呼びかけています。最終的に、これらすべての力は、私たちを疲労困憊させ、ほんとうの平和をもたらすものではありません。それ故に私たちは、平静と静寂のうちにあり、神さまが、私たちと隣人たちにして下さった事やお赦し下さった事の全てに対して感謝するようにと招かれているのです。
     私たちは今、四旬節第4主日と週日の黙想と振り返りの時にあります。四旬節第4主日は 喜びの主日 {レターレの主日} とも呼ばれています。待降節の喜びの主日{ガウデーテ}と似ており、同等であるといえます。つまり、私たちは、「今日」の日を四旬節の中での喜びと希望の時としているのです。けれども、四旬節第4主日の喜びと希望は、神さまからの絶える事のない慈悲といつくしみから来ているものです。私たちは、神さまからの絶える事のないいつくしみと愛の故に喜び、私たちの日々の悔い改めへの意向/意欲から生まれる「幾千もの希望」 を持って、自分自身や隣人たちに対して、もっと慈悲深く、もっといつくしみ深く生きる事ができるでしょう。
     復活徹夜に洗礼の秘跡を授けられる事を心待ちにしている人々のために、私たちの共同体として、今日もお祈りしましょう。そして、洗礼志願者の方々が、キリストのうちに私たちと神さまご自身とを和解させてくださる事を、ほんとうに心で感じる事ができますように。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年3月23日

    今週の福音

    第1朗読 出エジプト記 3章1~8a、13~15節
    第2朗読 コリントの信徒への手紙一 10章1~6、10~12節
    福音朗読 ルカによる福音書 13章1~9節

    四旬節第3主日

     四旬節の悔い改めを遵守するという事は、私たち一人ひとりの今までの、そして、現在の罪をこころから認める事であり、同様に、私たち一人ひとりが意欲的に心を改める事、回心する事です。今回、私たちは、イエス様のいつくしみとあわれみについて黙想するようにと招かれています。実際に、そうする事で、私たちの悔い改めの行いの実りをも得ることができるでしょう。
     今、私たちは、四旬節の黙想のための3つ目の主日と週を迎えます。四旬節第3主日からの慰めは私たちがずっと神さまからいつくしみと限らないを愛いただき続けていることです。私たちは、自分自身や隣人たちに対して、もっと思いやりとあわれみに溢れた生き方ができるようになる事でしょう。私たちのことばや、私たちの決断や毎日の行いを通して、私たちは、思いやりとあわれみに溢れる事ができるのですから。
     今日の福音朗読の中にある実のならないいちじくの木のたとえ話では、神さまの寛容さと、悔い改めへの継続的な呼びかけ(日々の呼びかけ)について語られています。神さまは、私たちが信仰のうちに変わり、そして、成長するための時間をお与えくださいます。まさに木を育てるために多くの時間/十分な時間をかける庭師のように、私たちも自分自身や隣人たちのために、喜んで時間を与え、言ってみれば、私たちが良い実りをもたらすまで、自分自身や隣人たちのために、もう少しだけ寛容さとゆるしの心をもつ事ができますように。
     この聖年の間の私たちの更なる黙想の一部として、巡礼者である事の意味が何であるのかを、もっとよく理解することができますように。ともに旅をして、私たちの旅の最終目的に辿り着くまで、お互いに助け合い、支え合いましょう。
    復活徹夜祭に洗礼の秘跡を受ける兄弟姉妹たちのために祈り続けましょう。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年3月16日

    今週の福音

    第1朗読 創世記 15章5~12、17~18節
    第2朗読 フィリピの信徒への手紙一  3章17~4章1節
    福音朗読 ルカによる福音書 9章28b~36節

    四旬節第2主日

     四旬節における私たちのあり方は、イエス様のご受難と死を記念する故に、私たちの地上での実生活と、何故かとても深く繋がっています。この四旬節第2主日に、私たちは、自分たちの人生の目的について黙想するようにと招かれています。キリスト者の信仰は、イエス様のうちにあり、イエス様の指針と生き方への信仰なのです。イエス様は、天国での宝物について教えて下さり、悔い改め/回心を通して、私たち皆が神の国の住人となるために、イエス様のうちに新しいいのちをお示しになりました。四旬節の主となるテーマである悔い改めは、私たちを新たにし、同時に、私たちがこの世に居ながらにして、少なくとも神さまの栄光を垣間見るという経験へと導いてくれます。私たちがこの世にいる間に、この世の中で、そして、この世の中を通して、神さまをお探しするようにと求められているのです。私たちは、深い信仰のうちに生き、この世界にあり、この世界自体の不完全さと弱さの中で忍耐するための神さまのみことばによって、常に勇気付けられ、導かれています。神さまのうちに、皆でしっかりと立ち向かいましょう。
     聖年のテーマを引用する事で、今日の私たちの黙想のテーマをもっと具体的にすることができます。私たちは、希望の巡礼者なのですから、何の理由もなくキリスト者となったのではないという事を信じています。私たちは、イエス様とイエス様のみことばに希望を置き、信頼しています。この世のものを捨て去る(どのように捨て去るのか)ことを学んでいるという理解のもとに、勇気を持ってイエス様に従っている人々に、私たちも倣い、神さまとの深い繋がりを見出す事ができるようになりましょう。
     この世で生きるために費やされる時間と努力が、この世界とそこに生きている人々の弱さと罪からの解放のために、価値あるものとなりますように。私たちが生きていく上での時間と努力が、神さまの慈悲深い約束へと私たちを近づけ、永遠で平和に溢れる憩いの場へと導いてくれますように。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年3月9日

    今週の福音

    第1朗読 申命記 26章4~10節
    第2朗読 ローマの信徒への手紙 10章8~13節
    福音朗読 ルカによる福音書 4章1~13節

    四旬節第1主日

     四旬節に入り、私たちは、キリストのうちにある豊かさへの理解を深めるために祈ります。私たちは、この四旬節の間に、イエス様の苦難、死、そして、復活についての理解を新たにするために時間を費やす事でしょう。おそらく今日の朗読は、一度もしくは、いろいろな形で誘惑され、試され、差別され、虐げられた事のある人びとにとって、大きな閃きを与えてくれるものとなるでしょうが、神さまの恵みのうちにある人びとは、それらのすべてのものと戦う事ができました。実際、彼らは、ひとがパンのみによって生きるのではなく、神さまからの全てのみことばによって生きるという事を理解していたに違いありません。彼らは、いのちの破滅から救われた事で、感謝の心を持ち、この感謝の心を、隣人たちに手を差し伸べる/隣人たちを助けるための礎や出発点としました。彼らにとって、隣人たちに手を差し伸べる事は、時として肉体的には厄介な事ですが、霊的にはそうではないのです。


     勿論、若い頃から今に至るまで、もしかしたら、現在も、この世界の現実の数々がもたらす、例えば経済的な不安定さや、さまざまな精神的疾患、めったに表には出ることのできないキリスト教的な価値やその他の環境によって、生きる事への試練の中にいる人々が、いまだにたくさんいます。私たちは彼らのために、誘惑に対しての勇気と忍耐、そして、最終的には忍耐を持って、イエス様が荒れ野で誘惑をお受けになった時にイエス様が持っておられたのと同じ機知と知恵とを、彼らが見出す事ができるようにと祈ります。


     私たちは皆、イエス様の地上での終わる事のない使命、すなわち人々を癒し、自分たちのために、そして、すべての人々のために、平和と本当の自由をもたらすという使命に加わるようにと求められています。一方で、私たちの主であるイエス様のご受難と死を記念し、私たち自身、浅い信仰生活から、山をも動かすほどの信仰生活へと変えるための準備を整えます。今この季節は、神さまの偉大なる栄光のために、何を手放し、何を保つべきなのかを、真摯に整理していく季節です。そして、本当の回心をするためには、確かな犠牲が必要なのです。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年3月2日

    今週の福音

    第1朗読 シラ書 27章4~7節
    第2朗読 コリントの信徒への手紙一 15章54~58節
    福音朗読 ルカによる福音書 6章39~45節

    年間第8主日

     今日の朗読は、私たちが、どのように物事や周りの人びとを捉えるのか、どのように受け止めるのか、また、おそらく物事や状況、そして人々に対して、どのように判断するのかという、とても具体的な警鐘となるかもしれません。私たちは、できるだけ「確実に」、寛大さと、多分、ある程度の謙虚さや本当の優しさを持って、物事や状況や人々に対して、じっくりと接していくようにと招かれています。私たちは、いつも自分たち自身を見極め、自分たちが持っている知識を、私たちの状況や人々に接する際の出発点として、あるいは、多分、礎とするようにと、更なる招きを受けているのです。これら全ての事は、確かに、私たち皆ができる限り、どんな時でも地に足をつけている必要がある事を意味しています。そして、たとえ、私たちが自分自身の本当の価値を見出し、適切な地位にあり、個人の権利を持って、物事や人々を判断したり、教育したり、指導したりする権限を持っていたとしても、私たちは皆、適切な時間/最適な時間と適切な場所で、隣人たちへの本当の助けとなるようにしましょう。


     私たちは、お互いを兄弟姉妹として正していく事(隣人たちを正して導く)に対して、どのように携わっていくべきなのか、イエス様がなさった事から、その方法と意味を見出すのです。イエス様は、私たちを導き、この世界の悪から私たちをお救いになるために、私たちと同じように、この地上においでになったのですから。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 2025年聖週間のミサ予定

    ・聖木曜日  4/17 中原教会  17:00~ 

             (鹿島田教会 19:00~)

    ・聖金曜日  4/18 中原教会  17:00~ 

             (鹿島田教会 19:00~)

    ・復活徹夜祭 4/19 中原教会  19:30~ 

             (鹿島田教会 17:00~)

    ・復活の主日 4/20 中原教会  12:00~ 

             (鹿島田教会 09:00~)

  • 今週の聖書朗読 2025年2月23日

    今週の福音

    第1朗読 サムエル記上 26章2、7~9、12~13、22~23節/a>
    第2朗読 コリントの信徒への手紙一  15章45~49節
    福音朗読 ルカによる福音書 6章27~38節

    年間第7主日

     今日の朗読は、私たちにいつくしみと赦し、そして愛について教えてくれています。これらすべては、地上でたくさんの宣教活動を通して、私たちにお示しになったイエス様のいつくしみと赦しと愛に基づいたものです。ですから、今日の朗読は、私たちが毎日をイエス様のように生きるという事が、いつくしみ、赦し、愛する事を意味しているのだと、私たちにもっと深く教えてくれているのです。


     社会の中での権力、権限、富、地位は、お互いに密接につながっていて、いろいろな種類や側面を持っています。これらすべてを持っている人々は、主として、いつくしみ深く、寛容で、愛情深くある事を求められています。私たちは、これらの事を第1朗読のサウルとダビデの話から学ぶことができます。


     私たちは皆ひとりひとりに、いつくしみ深く、寛容で、愛情深くあるあるようにと、求められています。福音朗読では、わたしたちへのこの呼びかけに対して、私たちは具体的にどのように行動していったらよいのか、そのための詳しい内容と説明が記されています。イエス様は、弟子たちに敵を愛するように、自分たちを憎む人に親切にするように、そして、彼らのために祈るようにと言われています。弟子たちは、実際に自分たちを愛してくれている人々だけを愛している人々とは、少し違う人になるようにと勇気付けられました。このようにして、私たちも、違うということを見極め、隣人を愛する事に対しての、自分たちのやる気はどうであるかを考えてみましょう。


     私たちは、感謝の心を持たず、私たちの考え方や生き方を共有できない人々に対して、自分自身を守り、保護する必要があるために、そして、その他の多くの理由のために、福音のメッセージに対して、心を閉ざしてしまう傾向があります。私たちは、日々、心を改めるために祈り、福音のメッセージに対して、もっと近づいて生きていきましょう。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年2月16日

    今週の福音

    第1朗読 エレミヤ書 17章5~8節/
    第2朗読 コリントの信徒への手紙一 15章12、16~20節
    福音朗読 ルカによる福音書 6章17、20~26節

    年間第6主日

     私たちは今日の朗読で大きな挑戦を受けていると、私は思います。エレミヤは、神さまを信頼するようにと、呼びかけています。本当の幸せは、神さまを信頼して、より頼む事で得られるのです。確かに、神さまを信頼するようにという呼びかけは、私たちの多くが、特に裕福であったり、そして、社会やその他の共同体(多分、小教区共同体も含めて)、あるいは、自分たちが属しているグループの中で、自分は高い地位であると思っている人々が、いつも人間の強さのみに頼ってしまいがちであるという現実ゆえに、発せられているものです。


     聖パウロはコリントの教会への手紙の中で、コリントの人々の信仰について語っています。さらに、私たちの信仰は死から復活されたイエス様の真実に基づいている事、そして、イエス様がご復活されなかったのならば、私たちの信仰はむなしいものである事を、聖パウロは説明しています。ここでは、私たちがイエス様のビジョンを分かち合いながら、勇気を持って辛抱強く、この世界の不完全さ、すなわち、破綻した人間関係、様々な戦争、病気、そして、誘惑に対峙する事を思い出させてくれます。


     それ故に、私たちは、今日の朗読が、神さまにより頼む事の大切さと、イエス・キリストの復活のうちに見出される希望を、強く示している事を理解するようになります。


     イエス様は、貧しい人々、飢えている人々、泣いている人々を祝福されています。


     イエス様は、彼らに忍耐の賜物と、勇気を与えて下さるみことばをお与えくださいます。


     イエス様は、彼らに未来での喜びと天国での報いを約束されています。一方、神さまからの恵みや、イエス様のご復活によって与えられる恵み、聖霊によって得られる賜物を拒否してしまう傾向にある多くの人々(金持ちや裕福な人々)に対して、イエス様は警告されています。


     恵まれない人々や、生きる事の難しさの中にある人びと、特に、神さまの愛といつくしみにより頼むのではなく、忍耐せずに不信心であるがために反抗している人々のために祈りましょう。そして、食べ物に困る事のない人々が、もっと隣人に対して寛大になり、もっと喜んで分け与える人となり、謙虚な心を持ち、神さまを畏れる人となるよう、祈りましょう。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年2月9日

    今週の福音

    第1朗読 イザヤ書 6章1~2a、3~8節
    第2朗読 コリントの信徒への手紙一 15章1~11節
    福音朗読 ルカによる福音書 5章1~11節

    年間第5主日

     今日の朗読では、神さまの限りのない偉大さ、神さまの愛、誠実さ、そして、神さまの子どもである私たち皆をお救いくださるという約束について、はっきりと書かれています。そして、例えば人間の汚れた心や、その他の弱さが原因となるであろう滅亡から、神さまがお救いくださっている事を証しする人々が、大勢います。多くの人々が、この世界の罪のために引き起こされるであろう滅亡から救われているのです。「わたしを遣わしてください」という意欲的な願いは、神さまの誠実さに対しての理解を明確に表しています。私たちは、今日の朗読から、人びとが神さまのいつくしみと愛に対して、どのように応えているのかを理解する事でしょう。私たちが「誰を遣わすべきか」という神さまの御声を聞いた時、癒され、そして救われた人は「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」と応えるのです。


     イエスさまの内にある素晴らしさを経験し、もっとイエスさまを信頼し、イエスさまのお導きに従い、もっと多くの人々をイエスさまのもとに導き続けていきましょう

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー