投稿者: 管理者

  • 今週の聖書朗読 2025年6月1日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 1章1~11節
    第2朗読 ヘブライ人への手紙 9章24~28節、10章19~23節
    福音朗読 ルカによる福音書 24章46~53節

    主の昇天

     主の昇天の祭日は、復活節第7主日にお祝いされます。まず第一に、私たちは、この主の昇天の祭日がイエス様のご復活の一部であると理解しなくてはなりません。同時に、この主の昇天の祭日は、この世に教会を永遠に残されたイエス様の祭日ではなく、私たちの間にある聖霊の存在に対しての祭日である事を理解しなくてはなりません。また、典礼として、主の昇天の祭日の一週間後に、聖霊降臨の祭日をお祝いします。
     イエス様のご復活は、確かにイエス様の昇天と聖霊降臨の重要さを意味しています。主の昇天と聖霊降臨は、私たちの共同体生活と同様に、私たち一人ひとりの生活の中に、イエス様が永遠に存在しておられる事を私たちに教えてくれます。
     ですから、この一週間にわたる黙想を通して、現在の私たちの毎日の信仰生活において、私たちが今日の祭日の行事から得られるものについて、もっと深く理解することができるように願いましょう。私たちの現在の生活で、神さまの聖霊の存在と導きは私たちの喜びです。確かに、今日の主の昇天の祭日をお祝いする事で、今ここで、聖霊の働きへの理解と意識をもっと深めるようにと、私たちは招かれているのです。すでに私たちの間で聖霊は、自分たちだけではなく、隣人たちをも愛することができるようにしてくださっています。聖霊が、現代の世界で、イエス様のみ顔を仰ぐ事ができるように、それ故に、隣人たちのために、この世でのイエス様の存在を目に見える、絶える事のないものとする事ができるようにしてくださるという事は、私たちにとって大いなる喜びなのです。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年5月25日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 15章1~2、22~29節
    第2朗読 ヨハネの黙示録 21章10~14、22~23節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 14章23~29節

    復活節第6主日

     今日の朗読も引き続き、初代教会の信仰生活について書かれています。彼らの信仰をより深める上で、おそらく役に立つであろう行動のための指針と行いに関して、いくつかの問題がありました。イエス様の使徒たちの役割は、おそらく役に立つであろう行動の本当の目的に辿り着くために、それらの意図/動機を明白にする事でした。使徒たちは、何が必要であり、何が信徒たちに重荷を負わせるだけの無意味で不必要な行いであるかを明白にする必要がありました。必要な事とは、信徒たち一人ひとりにほんとうのイエス様の平和をもたらす事です。ことばの典礼の後半で、弟子たちに、ご自分の平和をお与えになると言われるイエス様のみことばがあります。「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。」
     私たちは、初代教会での生活においてでさえも、何がほんとうに正しい行いであり、何がほんとうに私たちに救いをもたらすのかという問題があった事を理解していますが、現在の私たちは、聖霊によって私たちがどこに導かれるのかをよく見極めるようにと招かれています。私たちの信仰を明確に表すうえで、私たちには多くの理解や解釈、食い違いや意見の相違があります。けれども、私たちは、聖霊の導きに身を委ね、聖霊の力によって、私たちや信徒の仲間たち、教会の指導者たちが、キリストのうちに一致する事を見出すことができるでしょう。私たちは、痛みや死、死後の世界、性的な生活や性的指向、結婚や家族計画、教会や社会における男女の役割り、そして、その他の多くの複雑な問題について、異なる考え方や疑問を抱えています。いつも私たちは、日々、一人ひとりが、まず第1に聖霊に忠実に耳をかたむけ、導きを受ける事を望んでいます。私たちがいつも、イエス様からの贈り物である平和を心から受けとめ、心から許し合い、お互いに受け入れ合う事ができますように。私たちがいつも、人々に対して見返りを求めることなく、手を差し伸べる事ができますように。そうして、私たちの願いは、信仰のうちに一致を見出す事となるのです。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年5月18日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 14章21b~27節
    第2朗読 ヨハネの黙示録 21章1~5a節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 13章31~33a、34~35節

    復活節第5主日

     私たちは、今日もイエス様のご復活の真理に対する使徒たちの受け入れ方について黙想しています。使徒たちがイエス様に対する信仰を強める事で、彼らがある場所や他の共同体を移動しながら、イエス様の他の弟子たちを霊的に強める事が、彼らの主な役割となりました。使徒たちは、イエス様の事を知らない人々やイエス様を信じていない人々(異邦人たち)に対してさえも、彼らの信仰の門を開くようにと努めました。使徒たちは、忍耐強く人びとに信仰を述べ伝え、すべての人々が、イエス様のご復活とイエス様のうちにある神さまの愛と罪の赦しについての真理、そして、回心の大切さを理解するようにと努め続けました。今日の第1朗読で強調されている初代教会や初代教会の長老たちの信仰の成り立ちは、信仰と信仰共同体の大切さを、そして、同様にイエス様のご復活のうちにある新しい天国と新しい地上での約束の存在に関する知識の大切さをしっかりと示しているのです。
     イエス様の使徒たちが、人びとの信仰を育てるために苦難を受けてきた事は価値ある事ですが、パウロとバルナバは、その他の弟子たちと共に苦難を受けながらも、忍耐強く彼らを呼び集めて、私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならないと説きました。
     今日の福音朗読では、イエス様によって与えられた新しい掟について書かれています。互いに愛し合いなさいという掟に即座に従うという事は、イエス様の本当の弟子としての基本となる特徴です。現代人たちは、この掟を様々な方法で理解しています。そして、行動に移したり、あるいは、それが少なくとも弟子としての基本であるという事を理解するのが難しい事だとさえ思ってしまうかもしれません。
     イエス様の本当の弟子は、イエス様の新しい掟に常に応えるようにと努め、神さまと人とが共に住む事を切に望んでいます。その時が来れば、黙示録に書かれている通り「もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」
     神様のいつくしみとあわれみが、私たち皆が正真正銘の弟子となり、柔和で怒るに遅く、思いやりのある寛容な人となるために、私たちの心を奮い立たせてくださいますように。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年5月11日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 13章14、43~52節
    第2朗読 ヨハネの黙示録  7章9、14b~17節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 10章27~30節

    復活節第4主日

     今日の福音で書かれている箇所の少し前に、イエス様は、御自分の事を「良い羊飼い」であると書かれています。信頼できる羊飼いとして、羊飼いは、自分の羊を知っており、同時に、羊も羊飼いを知っているのです「ヨハネ10.11,14参照」。今日、私たちは、良い羊飼いと羊たちの間にある終わりのない繋がりと深い交わりを共に祝います。そうです。良い羊飼いの主日をお祝いするのです。私たちは、永遠のいのちの約束と、誰一人としてイエス様の愛から離れることができないという真実について知っている事/理解を新たにするようにと招かれています。
     イエス様のご復活後の使徒たちの生き方についてのほぼ3週間にわたる黙想の中で、私たちは、使徒たちの忠実さと、迫害を受けながらも、そして、今日の朗読にもあるように、もしかしたら神さまについての知識が豊富であると自負しつつ、使徒たち(特にパウロやバルナバ)によって教えられているイエス様についての真実に対して大いに否定的な人々の妬みなどの多くの障害にもかかわらず、使徒たちは神さまのみことばを広め続けた事を学び続けています。
     様々な迫害や福音を広め続ける忍耐力に関する使徒たちの経験は、使徒たちが、どのようにして、強く結束した集まりを育て上げ、イエス様とのつながりをもっと深めていったのかを物語っています。(ひつじ達と良い羊飼いのつながりを通して説明されています。)
     何度となく、自分自身が自分の敵であると思う時、同様に、まわりの人びとや私たちが生活している状況/環境によって失望している時、私たちは、心から耳をかたむけ、従い、そして、イエス様の導きに忠実であり続けた使徒たちの励ましを思い出します。
     今日の私たちの特別な祈りの意向として、教会や隣人たちのために奉仕するという神さまからの招きに応える事に対して意欲を失っている人々を迎え入れましょう。私たちの良い羊飼いが私たちに教えて下さっている、決して切り離す事のできないつながりをはっきりと知るのを妨げている様々な経験のために、多分、彼らは、「信仰する」という事から離れ彷徨ってしまっているのですから。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年5月4日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 5章12~16節
    第2朗読 ヨハネの黙示録  1章9~11a、12~13、17~19節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 20章19~31節

    復活節第3主日

     私たちは、今日の朗読によってまた、使徒たちが愛と献身を持ってどのように信仰のうちに生き抜いてきたのかという事について知ろうとしています。使徒たちは、試練や辱めにもかかわらず、心の確固たるものを私たちに示し、最終的には、福音のために苦しみを受けるに値する者とされました。「使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜びました。」(信徒言行録5-41)イエス様の本当の弟子たちは、特にそう呼ばれる時に、勇敢であるようにと召されています。イエス様のご受難にどうにか近づけるよう分かち合うという事は、イエス様の栄光を分かち合うという事です。おそらく、使徒たちは、たとえ福音を宣言することが苦しみを伴ったとしても、自分たちの愛と献身と喜びの内にある信仰を、勇気を持って生き抜いたのです。
     使徒たちが実行し、経験したことのすべては、彼らの生き方において、ともにおられる復活されたキリストの存在に気が付く事だけでは十分ではありませんでした。使徒たちがイエス様の存在と喜びを認めるという事は、まわりの人びとに自分たちの「喜びの経験」を伝える事によって、それが正しいものであるという理解をもっと深いものにしました。使徒たちは、自分たちの船や自分たちのためだけの生き方に、もはや戻る事はできません。
     聖ペトロとその仲間たちの役割、つまり、現在の教会の役割は、「ひつじたちを養う」ということばによって表されています。これに伴う責任は、私たち皆の(教会に属している一人ひとりの)自己献身、そして、多分、祈りの生活、あるいは復活されたキリストとの個人的なつながりの程度に応じて果たされています。ひつじたちを養うという事は、確かに、聖ペトロの後継者や、教会で認められた秘跡への権限を与えられているすべての人々に課せられた責任です。これは、両親や教師、例えば、政府や霊的指導者、そして、お互いに兄弟姉妹である私たちの持つ責任と同じです。実にこれは、意欲的である事、あるいは、自己中心から脱する事や私たちが出会う人々に対して、単にできる限りの寛大さを持つ事なのです。そして、意欲を持って、また、「イエス様のひつじたちを養う」というご計画に加わるために「外に出て、人びとと出会う」心を駆り立てましょう。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年4月27日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 5章12~16節
    第2朗読 ヨハネの黙示録  1章9~11a、12~13、17~19節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 20章19~31節

    復活節第2主日

     復活節第2主日は、神のいつくしみの主日です。私たちは共に、神さまの永遠のいつくしみと赦しをお祝いします。私たちは、イエス様を信頼し、ご復活を信じ、常にイエス様の赦しを求め、隣人たちとキリストの平和を分かち合うようにと勇気付けられているのです。
     今日の朗読は、どのようにして使徒たちが、イエス様のご復活によってもたらされたキリストの平和を受けとめたのかを、私たちに教えてくれてます。イエス様は、ご自身の復活の真実に対して、何人かの使徒たちが抱いている疑心を取り除かれました。紛れもなく、同じキリストの平和は、癒しの働き/使命を受け入れ、そして、罪の赦しの権能さえも勇気を持って受け入れるようにと、使徒たちを導きました。いわゆるイエス様の癒しの使命に使徒たちが加わるという事は、復活されたキリストから彼らが受けたキリストの平和を伝える手段となりました。更に使徒たちは、イエス様からの聖霊を受け、罪を赦す、あるいは留めるにふさわしい者となったのです。
     もしかしたら私たちは、先週の復活の月曜日の教皇フランシスコの帰天と、今日の黙想を結び付けるかもしれません。教皇フランシスコが在職中にしっかりと示された忍耐、犠牲、そして、すべての人々を差別なく受け入れる心を通して、イエス様ご自身がお創りになった教会に対して、いかにイエス様が、文字通り忠実で、愛情深く、いつくしみ深いのかという事への知恵を、おそらく私たちは見出すことができるでしょう。痛み、悲しみ、避ける事のできない肉体の死、そして、その他多くの損失から成るもののある所では、キリストの復活(イースター)の真実は、多くの場合、私たちがたびたび希望を失ったと思い込んでしまう状況においてでさえも、私たちに希望を与え続けます。前教皇フランシスコは、帰天される前に深刻な病気であったにも関わらず、全キリスト教徒、そして、全世界に向けて、なんとか私たちへのご復活のあいさつをされました。私たちは、この事を私たちにとってのとても特別な聖霊の恵みと導きであるとみなしています。
     私たちは、いつも神さまのいつくしみに対して、私たちの信頼と信仰を持っているのです。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 2025年5月カトリック中原教会からのお知らせ

    教皇フランシスコご逝去のお知らせ

    役員

    教皇フランシスコは、4月21日ローマ時間7時35分(日本時間14時35分)、住まいであるサンタ・マルタ館にて帰天されました。88歳でした。
    教皇フランシスコは気管支炎の悪化により2月14日に入院。その後、複雑な要因の重なった肺炎が悪化し重篤な状況になりながらも回復に努めておられました。病床にあっても可能な範囲で祈りと執務を継続し、最後までペトロの後継者としての務めを力強く果たされました。
    私たち横浜教区の神の民も世界の教会と心をあわせ、教皇の永遠の安息を祈りましょう。
    教皇の帰天により使徒座空位となりましたので、新教皇が選出されるまではミサにおける奉献文の取り次ぎの祈りから教皇の名前を省いてください。

    2025年4月21日
    カトリック横浜司教区 事務局長 谷脇 慎太郎
    ※横浜教区ホームページより転載

    教皇フランシスコ 追悼ミサのお知らせ

    役員

    教皇フランシスコが4月21日に帰天されたことを受け、横浜教区としての追悼ミサを下記の通り行います。
    日 時:2025年5月3日(土)午前11時
    場 所:山手司教座聖堂(カトリック山手教会) 
        横浜市中区山手町44
    司 式:ラファエル梅村昌弘司教
    *誠に勝手ながらご供花・ご香典の儀はご辞退申し上げます。
    *駐車場のスペースに限りがありますので、お車での来場は出来るだけご遠慮いただき、公共交通機関でお越しください。
    ※横浜教区ホームページより転載

    5/5(月)~6(火) 教会施設に立ち入りできません

    施設管理部

    5/5(水)~6(木)は、横浜教区の高校生大会が一泊で中原教会であるため、教会施設はご利用できません。

    5/11(日)聖歌の集い

    第三部門(社会福祉)

    ミサ後に、「聖歌の集い」を行います。ぜひ、皆様ご出席ください

    5/17(土)三土会へのお誘い

    第二部門(教育支援)

    毎月第3土曜日14:00から、入門講座講師養成講座を行っています。ご希望の方は、当日直接ご参加ください。

    5/18(日)ミサ後「掃除の日」

    施設管理部

    毎月第3日曜日のミサ後、お掃除当番に入っていない方を対象に聖堂や第一信徒会館のお掃除をします。ダルクの皆さまも一緒に参加します。

    5/18(日)病者訪問グループのオリエンテーション

    第一部門(典礼)

    病でご自宅にいて、教会に来られない方を訪問するグループを作ります。ミサ後に、オリエンテーションを行いますので、話だけでも聞きたい方、興味のある方、ぜひ参加したいという方、第二信徒会館図書室にお集まりください。奇数月第三日曜日ミサ後に定期的に行っています。

    4/29(火)祭日一粒会講演会のご案内

    一粒会

    一粒会講演会 2025年4/29火曜日(祭日:昭和の日)
    場所 貝塚教会 時間13時開演14時終了 14時~15時茶話会
    講師 貝塚教会主任司祭 山口道孝神父
    講話 天正遣欧少年使節の足跡をたどって

    【天正遣欧少年使節とは】
    1582(天正10)年に日本初のヨーロッパ使節として、九州の大名らが「名代」(みょうだい、代理人のこと)」としてヨーロッパに派遣した使節団を指します。彼らは、日本で初めてヨーロッパに公式に派遣された使節でもありました。そのような大役を務めたのは、「伊東マンショ」「千々石(ちぢわ)ミゲル」「原マルティノ」「中浦ジュリアン」の4人です。いずれも出発時点で10代前半の若さだったことから、「天正少年使節」や「天正遣欧使節」とも呼ばれています。

    6/8(日)消防避難訓練

    防火管理委員会

    6/8(日)ミサ後に、消防避難訓練を実施します。ご参加をお願いします。

  • 今週の聖書朗読 2025年4月20日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 10章34a、37~43節
    第2朗読 コロサイの信徒への手紙  3章1~4節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 20章1節~9節

    復活の主日

     私たちの現在の生活の中で、イエス様のご復活の真実をより深く理解するという事は、この四旬節での多くの実りの中で1番の実りです。その他の罪の赦し(神さまの私たちへの赦し、私たち自身とわたしたちの隣人たちへの赦し)、回心(悔い改めと、信仰と神さまとのつながりをより良く、より深めていくという約束)といった実りは、今年の、そして、これから先のご復活節の間に、まさにイエス様のうちに新しい生き方を共に祝うようにと導いてくれます。もう一方で、私たちは、年間(典礼暦での特定の時期)の教会での生活を積極的に送るように、そして、私たちは復活されたキリストの子どもたちであるという事を、勇気を持って宣言するようにと招かれています。私たちは、復活されたキリストを中心とした日々のキリスト者としての生活をお捧げし、いつも聖霊の導きを受け入れつつ忍耐を持って、現実の中で積極的に生きていくのです。心を開き、いわゆる巡礼する教会の使命とヴィジョンを共に行動していきましょう。
     ご復活を共にお祝いしながら、同時に、巡礼する教会の一員となるという事はどういう事なのか、そして、どのように希望の巡礼者(特に2025年の聖年のために生まれた言葉)について考えていくべきなのかを黙想いたしましょう。
     かつて私は、神学校での養成期間に、そして、司祭に叙階した当時に、自分の目的や、あるいは、目指している最終目的に絶対に到達したいと願っている人は、物事、状況、環境、そして、その間に出会う他の人々にさえも、影響されてはいけないと教えられました。かつて私は、周囲に邪魔される事のないよう、そして、ただまっすぐに走り、ゴールまで素早く走る事ができるように、両目にブリンカーを付けた競走馬のようになるべきだとさえ教えられました。確かに、この励みとなる言葉は、みなさんにとっても、私にとっても、そして、特にこの世界で良い生活を送りたいと願っている多くの若者にとっても、とても効果的なものです。私自身、しばらくの間、そう思っていました。けれども、競走馬の話は、現在の巡礼する教会の旅に今も当てはまるのかと、私は疑問に思いました。むしろ、私たち皆は、この旅を通して、人間をとる漁師になる事ができるのです。私たち一人ひとりが、周りの事をよく意識し続け、この旅の中で本当に必要なものに積極的に応えることができますように。私たちは皆、希望の巡礼者が増え続けていく事を望んでいます。増え続けている巡礼者たちが、疲れている人々、病気の人々、取り残されている人々に対して思いやりを持つ事ができますように。
     聖年の記念として、皆でいっしょに、心を尽くしてすべての被造物に対して奉仕していきましょう。
     ご復活おめでとうございます

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年4月13日

    今週の福音

    第1朗読 イザヤ書 50章4~7節
    第2朗読 フィリピの信徒への手紙三 2章6~11節
    福音朗読 ルカによる福音書 22章14~23章56節

    受難の主日

     聖週間の始まりの日の朗読は、聖週間を復活のお祝いを記念するにふさわしい心の準備へと、私たちを導いてくれます。この1週間にわたる聖週間を記念する典礼のうちに、私たちが過去から脱することができるという事は、私たちがキリスト者としての日常の経験を通して、イエス様のご受難と私たちのつながりをより深く理解するという事です。ですから、挑戦であるにもかかわらず、神さまのみことば/神さまからのメッセージを声高らかに宣言し続ける決意は、すべてにおいて、この聖週間とは何であるのかという事へのより深い真の理解のうちに、もうひとつの恵みをもたらしてくれるのです。イエス様のご受難と死においてのイエス様についての物語は、この世の多くの深い苦しみと痛みを象徴し続けています。
     私たちは、1度だけのことではなく、私たちの教会生活において、必ず毎年、聖週間を記念する典礼を行います。イエス様のいわゆる逃れる事のできないご受難の経験(苦しみ、痛み、裁判、十字架上での死)を、私たちは心に刻み付けています。
     イエス様は、忍耐、謙虚、犠牲、従順を持って、お応えになりました。今回も、また、キリスト者としての毎日の生活の中で、私たちが、そのより深いつながりを理解することができますように。私たちが現代のキリスト者としての生活とつなげて、神さまのご意向と、イエス様ご自身の避ける事のできないご受難に対するイエス様のこれらの大いなるご受容を、本当に見出していく事ができますように。
     イエス様のエルサレム入城が、私たちの現在の生き方において何を象徴しているのかを、私たち皆がほんとうに証しすることができますように。また、まわりの人びとの苦しみや痛みを和らげる生きた道具となる事ができますように。そして、謙虚で忍耐を持ち、希望とイエス様への深い信仰を喜びのうちにもたらす者となる事ができますように。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年4月6日

    今週の福音

    第1朗読 イザヤ書 43章16~21節
    第2朗読 フィリピの信徒への手紙三 3章8~14節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 8章1~11節

    四旬節第5主日

     四旬節第5主日の今日の朗読では、過度に批判的であり無慈悲で、長い間あるいは生涯に渡って恨みを持つといった、悲しい人間の現実とは対象的に、神さまの赦しが限りなく寛大であることを示しています。私たちは、怒るにおそく、いつくしみ深い神さまから後ろのものを忘れ、前のものに全身を向ける」ようにという神さまの呼びかけを学びます。これは、キリスト者としての生き方の霊的な背景のうちにある焦点と決意を、力強く表現しています。キリスト者の一人ひとりは、自分たち自身や隣人たちの過去の罪に執着するのではなく、キリスト者としての目的と願い、すなわち神聖なるものに心を集中させるようにと勇気付けられています。ですから、この四旬節第5主日において、批判的や無慈悲になるのではなく、神さまとの繋がりをもっと深くもっと近くするために努力するようにと勇気付けられているのです。
     今日の福音朗読の記述は、本当にとても劇的な場面が描かれています。この劇的な場面には、またしても圧倒的に多い律法学者やファリサイ派の人々と、姦通の罪に問われたひとりの女性が登場します。そして、その女性を告発した人々とまわりの人々全員に対して、イエス様は、罪を犯したことのない者が、まずこの女に石を投げなさいという言葉で挑まれるのです。
     四旬節は、私たちの周りの物事や人々の状況に対して、判断をするための時間をもたらしてくれます。私たちが、今から、自分たち自身の欠点や個人的な罪を隠すためだけに、隣人たちの個人的な罪を暴いたり非難することを慎むことができますように。さらに、実際には私たちが犯している罪を、罪のない隣人たちのせいにすることを避ける事ができますように。むしろ、隣人たちと巡礼者のほんとうの仲間となり、共にご復活を祝うための沈黙と平静の時間をもっと持つことができますように。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー