投稿者: 管理者

  • 今週の聖書朗読 2025年9月21日

    今週の福音

    第1朗読 アモス書 8章4~7節
    第2朗読 テモテへの手紙一 2章1~8節
    福音朗読 ルカによる福音書 16章1~13節

    年間第25主日

    今日の朗読は、私たちがどのようにしてこの世の富を使うのかという事について、私たち一人ひとりが黙想するようにと招いています。私たちは、すべての被造物を管理する責任を求められていますが、同時に、日々のこの世でのニーズのために、私たちの富を直接的あるいは間接的に使う人びとへの責任について、私たちは具体的に思い起こします。私たちの他者に対する責任には、特に貧しい人々に対する正義も含まれています。私たちが出会うすべての人びとに対する正義への招きは、日々の生活において正直であるようにという招きです。私たちの信仰と、神さまと人々への心からの奉仕を前提に、地上の被造物は善い行いと隣人を助けるための道具であるという事を、私たちは、十分に理解するべきでしょう。私たちのほんとうの献身は、永遠のいのちへと導く富なのです。今日の福音朗読では、次のように簡潔にまとめられています。「どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

     貧しい人々に対する不正や搾取は、現代の社会問題となっています。残念ながら、これまでの長い間、不正な行いや搾取をする人びとは、自分たちの不正な行いやそれに似たような事柄を、他の人びとに見つけられないように/知られないようにするために、あらゆることを行ってきました。そして、現在、貪欲さによってもたらされる不正行為や搾取行為の横行は、恥とも思わず、まったく良心の呵責もないように、公然と行われているように見えます。これは、世界中のあるところでは、当てはまらないかもしれませんが、世界のその他の地域など多くの地域では、実際にそうであると言えるでしょう。 

    確かに、何人かの権力者たちや、実際に利用可能な富を活用する能力があり、自分たちの希望通りに何でもできる能力がある人々がいます。けれども、そのような人々は、むしろ誠実で正直な行いを選びます。私たちは、彼らの良い功績を認めています。彼らがこれまでに選び、尊んできた誠実で正直な行いを続けていくようにと、私たちは祈ります。 

    実際に、私たちはこの世の中で、たとえば指導者たちや、社会的、または、それぞれの職場や政府機関において、私たちよりも高い地位にある人々と共に生き続けます。私たちには、宗教的な指導者たちもいます。今日の第2朗読では、「私たちが平和のうちに生きるために、純粋な心を持って、指導者たちを含むすべての人々のために祈りを捧げなさい。」と招いています。私たち一人ひとりが、人生の中でのいろいろな指導者たちや、もちろん、霊的指導者たちと共に、私たちが心を開くときにはいつでも(そう願う時はいつでも)、私たちのために、すでに与えられているキリストの平和のうちに生きる事ができますように。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年9月14日

    今週の福音

    第1朗読 民数記 21章4b~9節
    第2朗読 フィリピの信徒への手紙 2章6~11節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 3章13~17節

    十字架称賛

    私たちは、過ぎ越しの神秘を思い起こす事で、黙想を始めます。「イエス様は、十字架上でお亡くなりになり、新しい命を受け、天に父のもとに戻り、聖霊の息吹をお与えになります。」いつも十字架称賛の祝日では、どのようにして、また、なぜイエス様が「十字架に架けられた」のかという事に焦点が当てられています。イエス様が十字架上でご自分のいのちを捧げられたのは、私たち一人ひとりへの父である神さまからの愛のしるしです。「永遠のいのち」に対しての私たちの希望は、私たち一人ひとりへの父である神さまからの愛によって成り立っています。ですから、私たちは、聖なる十字架のうちにいのちを見出すのです。私たちは、日々、イエス様は私たちの生活の中心であり、そして、聖なる十字架であると、はっきりと宣言します。

     聖なる十字架は、今日までのすべてのキリスト者にとって、とても尊ばれているシンボルです。今日の朗読は、私たちを聖なる十字架への深く十分な理解へと導き、特に、私たちの忍耐と理解が危機に瀕している時、悩みや疑い、不安や恐れに代わって、常に聖なる十字架からいのちを見出すようにと導いてくれます。第1朗読では、神さまからいただき続けている愛についての説明がなされています。私たちは、不平を減らして、そのかわりに、聖なる十字架を胸に抱き、最もいつくしみ深い神さまと、そして、神さまの救いの御業と、特に神さまの癒しと赦しの御業に身を委ねるようにと求められています。今日の福音朗読では、父なる神さまが、世を裁くためではなく、救われるために御子をお遣わしになったという事を思い起こさせてくれます。「イエス様は、人びとが永遠のいのちを得るために十字架に架けられなくてはならなかったのです。」

     聖書(神さまのみことば)にある、私たちに勇気を与えてくれる言葉のすべては、過ぎ越しの神秘から成り立っています。聖なる十字架を熱い心で受け入れ続けるようにという、神さまからの響き渡る招きは、すべてのキリスト者への招きです。私たちのすべての兄弟姉妹たちが、共にキリストの聖なる十字架を受け入れる事で、慰めを見出すことができますように。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 2025年9月カトリック中原教会からのお知らせ

    「聖書を読む会」

    第二部門(教育支援)

    毎週日曜日10:10〜10:40まで第2信徒会館図書室で「聖書を読む会」を行っております。どなたでもご参加頂けます。現在旧約聖書を朗読中ですが聖書をお持ちにならなくても教会にある聖書を借りることができます。皆さまのご参加をお待ちしております。

    9/7(日)敬老の日のお祝い

    教会役員

    今年は、9/7(日)に75歳以上の信徒の皆様を対象に、「敬老の日のお祝い」を行います。75歳以上の信徒の皆様には、ミサ中に祝福、またご希望の方に塗油を主任司祭より行います。 

    9/13(土)聖年の巡礼「山手教会」訪問

    教会役員

    9/13(土)に聖年の巡礼、山手教会へ訪問します。
    ※人数等の把握のため、別途、参加名簿を作成します。
    ※現地集合、現地解散ですが、9:54発 武蔵小杉駅 東急東横線急行(元町・中華街行) 一番後車両にのっていきます。
    10:45 山手教会集合 神奈川県横浜市中区山手町44
    11:00 ミサ(イソ神父様司式)
    12:00 昼食(各自昼食をご持参下さい)
    13:00 山手教会見学※昼食と見学が前後する可能性があります。
    14:00 現地解散

    9/21(日)ミサ後「掃除の日」

    施設管理部

    毎月第3日曜日のミサ後、お掃除当番に入っていない方を対象に聖堂や第一信徒会館のお掃除をします。ダルクの皆さまも一緒に参加します。

    9/21(日)合同堅信式

    教会役員

    神奈川第一地区合同堅信式(2年に1回)が、梅村司教を招いて貝塚教会にて行われます。当教会からは1名を予定しております。
    14:00~ 合同堅信式(於:貝塚教会)
    ※9/15(月・祝)13:00から貝塚教会でリハーサルがあります。

    9/28(日)世界難民移住移動者の日・献金

    教会役員

    「世界難民移住移動者の日」は、各小教区とカトリック施設が、国籍を超えた神の国を求めて、真の信仰共同体を築き、全世界の人々と「ともに生きる」決意を新たにする日です。日本の教会でこの分野の活動を受け持つ日本カトリック難民移住移動者委員会は、日本と全世界にある協力グループとともに、活動の推進、連絡、協力、支援、情報の交流等を行っています。そのために祈りと献金がささげられます。おもな活動は次のとおりです。
    滞日・在日外国人とともに
    定住難民や新難民とともに
    外国人船員や国際交通機関の乗務員とその家族とともに
    海外日本人・海外移住者(海外旅行者も含む)とともに
    海外日本人宣教者、外国人宣教者とともに
    (出典:カトリック中央協議会HP)

    ザビエル祭

    第三部門(社会福祉)

    11/24(月・祝)9:00~15:00 於:日本カトリック神学院
    テーマ:「希望に満ちあふれて」(ロマ15・13)

    物品寄付のお願い

    第三部門(社会福祉)

    【フードロス削減】
    ・ご家庭に備蓄している缶詰・カップラーメンなどの賞味期限を定期的に確認しましょう。賞味期限が近いけれど、ご家庭で消費する予定のないものは教会に持ってきてください。中原パトロールでも利用しますし、調理が必要などで野宿では利用できないものは、利用できる方に持ち帰っていただきたいと思います。
    【寄付のお願い】
    ・使用済み切手の募集は誤りでした。訂正してお詫びします。書き損じハガキ・未使用のハガキ/切手を募集しています。
    ・ステラマリス(旧AOS)ではホテルアメニティの歯ブラシの募集は行っていません。耐久性のある製品の歯ブラシ、日本的なお土産品などを募集しています。

  • 今週の聖書朗読 2025年9月7日

    今週の福音

    第1朗読 知恵の書 9章13~18節
    第2朗読 フィレモンへの手紙 9b~10、12~17節
    福音朗読 ルカによる福音書 14章25~33節

    年間第23主日

    今日の朗読で、私たちは、ほんとうのキリストの弟子である事の意味について、もっと深く掘り下げるようにと招かれています。ほんとうのキリストの弟子となるためには、一見、衝撃的な指針あるいは必要条件があります。私たちは、敵を愛するようにと召されていますが、一方で、今、キリストの弟子となるためには、家族を憎むようにと求められています。これらのイエス様のみことばをどのように、また、どのような状況で理解すべきなのかという事は、確かにじっくりと考えるための十分で静かな時間が必要ですし、私たちがお互いにしっかりと話し合う事も必要かもしれません。神さまの知恵と聖霊による働きかけは、今日の第1朗読に詳しく書かれている通り、私たちにとって必要なものなのです。

     私たちの知識のレベルを満たすために、今日の朗読はどのように解釈されているのか、私たちは、教会の聖書に詳しい人々に頼ることもできます。実際に聖書が私たちに語りかけていることを本当に理解するためには、ほとんどの場合、地上での私たちの心配事が、私たちの心を曇らせてしまっているという事を自覚する事から始めるのが良いかもしれません。

     前置きはこれくらいにして本題に入りましょう。今日の福音朗読で具体的にイエス様が言われている事は、本当の弟子は、私たち皆が一つの家族であり、お互いの兄弟姉妹であるという事を認識しているという事です。私たちは、この大きな家族のすべての人に対して公正であるようにと、常に求められています。そして、それぞれの自分たちの家庭にいる両親、兄弟姉妹のような身近な家族において、キリストの弟子は、いわゆる大家族の一員に対しての有害で不正で愛情のない行いを許しません。

     私たちは、両親を愛し尊敬するようにと、そして、それぞれの家庭にいる兄弟姉妹たちを愛するようにと招かれています。まず第一に、何かの理由のために、完全にまたはある部分で、自分たちの家族から背を向けられたり引き離されたりしている人々のために、私たちは祈ります。誰かが家庭の中で少ししか愛情を見いだせないという事を知らされるのは、とても悲しいことです。そのような人々が、自分たちの家族と再会し、この大家族の皆から慰めを見いだすことができるように、私たちは祈ります。

     今日の第2朗読では、心から赦し、迎え入れる事で、家族の中でどのように愛が育っていくのかについて、もう少し教えてくれています。思いやりと寛容さは、確実に家庭の中から始まるということを、いつも認識していることができますように。けれども、同時に、思いやりの心は、家庭の中だけで終わるものではないということも、私たちは忘れてはいけません。自分たちにとって他人であると思っているかもしれない人は、もはや「他人」であってはならないのです。私たちの中に、奴隷も下層階級の人々も、そして、人類として価値の低い人種は、もう存在しないのです。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年8月31日

    今週の福音

    第1朗読 シラ書 3章17~18、20、28~29節
    第2朗読 ヘブライ人への手紙 12章18~19、22~24a
    福音朗読 ルカによる福音書 14章1、7~14節

    年間第22主日

    今日の朗読では、へりくだるという事(こと)について語(かた)られています。

    へりくだる事の価値は、確かに長い間、キリスト者としての生活の指標の一部でした。ガリラヤでの宣教の初めから、イエス様は、高慢と謙虚さに関して、律法の教師や律法学者、ファリサイ派(は)やサドカイ派のような人々と対立してきました。イエス様は、ご自分の周りの人々、特に社会的な地位を持っている人々が、いかに心の中にあるものよりも、表面的なものを優先し重要視しているのかという事にとても敏感でした。何人かの人々は、イエス様の存在に不安を抱き、何度となく怯え妬んでいました。イエス様は、高慢で、いつも神殿や街頭で名声を得ようとしている人々からの真剣な関心を引くために、たくさんのたとえ話や実際のことを語られました。

     敢えて謙虚さについて話す人が少ないことを、私は知っています。それは多分、多くの人々にとって、謙虚であるという事は、それが他の人たちと話す事ではなくて、実際に沈黙を保つ事だからでしょう。

     シラ書では、私たちに柔和でへりくだるようにと呼びかけています;他の人々に対して、へりくだればへりくだるほど、その人は偉い人となります。謙虚さは、個人として成長や、また対人関係においてさえも、多くの良い結果をもたらすというのが一般的に信じられている事であり、どういうわけか共通の経験となっています。さらに言い加えると、へりくだる人を、神さまは喜んで受け入れてくださるのです。

     ヘブライ人への手紙では、私たちが、目に見えるものよりも偉大なる何かの一部であるという事を思い出させてくれます。確かに、私たちは、自分たちよりも偉大で、私たちの上におられ、私たちがしばしば忘れてしまう存在の事を知る時には、とても傲慢になる事などできません。

     今日の福音朗読は、イエス様が語られるへりくだる事についての教えを、よく注意して聞くようにと招いています。イエス様は食事に招待された席で、招待客が揃って上席を選ぶのにお気づきになり、謙虚さについて教えるたとえ話が必要であると思われました。まず第一に、イエス様は、より偉い客のために用意された席につく時にかくかもしれない恥について、気付かせてくださいました。一方で、末席を選んだ時、偉い客のために用意された席を勧められ、仲間たちからの尊敬を得る事は、とても嬉しい事です。ですから、私たちも高められ、謙虚になるという経験を学んでまいりましょう:「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」

     そして、私たちが宴会を催す時、イエス様は、お返しができない貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招くようにと勧めておられます。これに応えるのは、私たち一人ひとりにとって難しい招きでもあります。たとえば、私たちは、家族や親戚や友人たち、そして、自分たちと同じ社会的地位にあると考えている人々との付き合いを楽しむために食卓を整えます。そして、食事に招かれた人々はお返しとして、食事会やパーティーを交代しながら準備して、共に食事をするのです。私たちが貧しい人、家族や友人のいない人を迎え入れる時、私たちは永遠に続く恵みを受けると教えてくださっているイエス様のみことばは、なんと素晴らしい事でしょう。

     謙虚である場所と状況は、私たちが神さまと出会える場所と状況であり、ほんとうの喜びにあふれているという事に、私たちが気づくことができますように。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年8月24日

    今週の福音

    第1朗読 イザヤ書 66章18~21節
    第2朗読 ヘブライ人への手紙 12章5~7、11~13節
    福音朗読 ルカによる福音書 13章22~30節

    年間第21主日

    今日の朗読では、人類に対する神さまのご意向について語られています。神さまの無償の愛と深いいつくしみによって、神さまは、すべての人々が集まり、ご自分のもとに来る事を望んでおられます。神さまの栄光を分かち合うために、神さまご自身が、すべての国から人々をお集めになるのです。神さまが人々をお集めになる時、何人かは神さまにお仕えする役割(神さまのみことばを皆に伝え広める)を担い、また、何人かは聖なる神殿で司祭や聖職者といった、もっと具体的な役割を担います。

     私たちは、対照的な2つの生き方についてイエス様が教えて下さっている事を知っています。狭い門と広い門があり、狭い門は偽りのない人生の道を表していて、広い門と比べ、この門を入る事は容易ではありません。狭い門はほんとうの命へ、広い門は破壊へと通じているのです。イエス様は今日の福音の中で、私たちに狭い門を選ぶようにと強く求めておられます。神の民である私たちは、狭い門を選びたいと望んでいます。そして、私たちが狭い門を選び、この門を入ろうとしても、私たちが考えている以上に容易な事ではなく、それ故に多くの人々はこの門を入る事ができないという事を、イエス様は念押ししておられます。だからこそ、イエス様は、私たち一人ひとりが「苦労のない成り行き任せ」な生き方を、どうにかして避けるようにと促しておられるのです。家の主人が門を閉じてしまい、それから扉をもう一度叩こうとしても遅すぎるのだという事を、私たちはわかっていないのかもしれません。

     数週間前に、私たちは、執拗に祈るという事について語られている神さまのみことば(福音朗読)について黙想しました。その福音は、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれるという、神さまの愛(寛大さ)を私たちに教えています。確かに、神さまの豊かな愛と柔和な心配りを、私たちがどのように理解するのかを示しています。今日のより深い黙想のために、私たちは、神の民に対する神さまの豊かな愛についての理解を保ち続けます。神さまは、まさに自分の子どもたちを愛する父親のように私たちをとても愛しておられるので、ご自分の子どもたちに鍛錬をお与えになります。ほんとうの命/永遠の命へと通じる狭い門を入る事ができるように、私たちは、この鍛錬に忍耐するようにと招かれています。この事を前提に、私たちは鍛錬を忍耐する事を理解していく事でしょう。

     ヘブライ人への手紙(今日の第2朗読)では、神さまが愛しておられる者に対して、どのように鍛錬をお与えになるかという事が書かれています。常に神さまからの鍛錬は、努力と不動の心(決意)、そして、勿論、神さまへの信頼から成り立っており、どれも欠くことのできないものです。何人かの人々は、まず狭い門を望み、その門を入る事を選びますが、忍耐/辛抱が足りず、それゆえに鍛錬を得られず、その先になかなか進めない事を経験します。イエス様は、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もあるという現実を、私たちに気付かせてくださいます。

     神さまがお与えになる鍛錬は、神さまの愛の一部であるという事を理解し続ける事ができますように。私たちは、愛されているからこそ、鍛錬を受けています。神さまは、私たちの日々の生活の経験(狭い門)を通して、もっと強くなれるようにと教え、助けて下さっています。神さまへの信仰と信頼のうちに...

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年8月17日

    今週の福音

    第1朗読 エレミヤ書 38章4~6、8~10節
    第2朗読 ヘブライ人への手紙 12章1~4節
    福音朗読 ルカによる福音書 12章49~53節

    年間第20主日

    今日の朗読は、祈りと黙想にもっと真剣になる時間が必要かもしれない事を、私たちに教えてくれています。そして、もっと自分を捨て去る事や、また、わたし達のためのイエス様の使命をよく理解する事に関しても、誠実に見直す事も必要かもしれない事を教えてくれています。今日の福音朗読では、イエス様は弟子たちに、イエス様が来られたのは、地上に平和をもたらすためではなく、火を投じ、分裂をもたらすために来られたと語られています。 イエス様が来られたために、家族は分裂し、近しい関係の間であってさえも同様に対立するです。私たちがよく理解しているイエス様の使命は、イエス様が平和と一致をもたらされる事です。だからこそ、私たちは今この時に、イエス様のみことばをもっとよく理解する事を目指すのです。世間一般の人びとは、私たちがこの世に存在していても、この世のためにあるのではないという現実を受け入れる事ができません。彼らは、自分たちの存在と幸せと平和は、この世の世間一般の物事の中にあると考えていて、必ず違った方向へと進んで行くことになるでしょう。

    私たちへの招き: たとえどんなに困難であっても、勇気を持ってキリストのうちに信仰深く生きていきましょう。

    第一朗読では、真実の人エレミアについて書かれています。人びとは、エレミアが神さまからのメッセージを忠実に宣べ伝えるので、エレミアを追放しようとしました。エレミアは真実を伝えたので、大変な困難に見舞われてしまいました。エレミアは、神さまを信頼していたので、神さまは彼をお救いになるために人を遣わされ、お救いになりました。

    ヘブライ人への手紙 (第2朗読)では、十字架と迫害を耐え忍ばれたイエス様の事を、私たちに思い起こさせてくれます。イエス様の存在は、なぜかイエス様の周りの人びとに分裂をもたらしました。

    確かに信仰のうちに生き抜くという事は、困難が伴います。イエス様のみことばをもっと理解するための好ましい始まりのために、イエス様の弟子たちがどのように生きたのか、共に考えてみましょう。また、私たちには、いわゆる共同体があり、個々の保護聖人もいます。私たちは、自分たちの大切にしている聖人たちが、この地上でどのように生きたのかも考える事ができます。イエス様の弟子たちや聖人たちは、イエス様に従った人びとです。彼らは、信仰がどのように分裂や苦しみをもたらすのかを、私たちに示してくれています。確かにイエス様に従うという事は、勇気と忍耐と持久力が求められます。

    現代社会における私たちの間に、もしかしたら、いわゆる生きた聖人がいるかもしれません。彼らを求めて訪れ、彼らがなぜ「現代の」そして「生きた聖人」と呼ばれているのか、その理由を一緒に見つけていきましょう。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年8月10日

    今週の福音

    第1朗読 知恵の書 18章6~9節
    第2朗読 ヘブライ人への手紙 11章1~2、8~19節
    福音朗読 ルカによる福音書 12章32~48節

    年間第19主日

    今日のみことばの典礼は、今日の朗読にのみ限ったものではなく、私たちが神さまのみことばを黙想する度に、3つの主要でかつ共通なテーマがあるという事を教えてくれます。今日の朗読は、深い信仰のうちにとどまり、そして、いつも信仰を深めるために時間を費やすようにと、私たちにとても具体的に教えてくれています。

    また、私たちは、キリスト者としての日々の招きに応えるようにという事を思い起こします。時々、私たちは、「招きに応える義務」という言葉を使います。キリスト者としての義務に応える人は、キリスト者としてのおこないへの招きにすぐに応える人であり、隣人の兄弟姉妹となる事を怠らない/切り捨てない人です。これらの事を前提に、私たちは、キリスト者としての生活の中での備え、あるいは心構えの持つ意味について理解します。つまり、素早く応える事を意味しているのです。人はキリスト者としての義務に対して、責任を持って受けとめ、これを果たす事に誠実であるようにという事を心から知る時、イエス様と出会うための準備がよくできるのです。ここでは、信仰のうちに、信じるという事のみならず、日々をどのように生きるのかという事を指しています。

    もう一つのポイントは、イエス様を信頼するという事です。イエス様は、私たちに大いなる約束をしてくださり、私たちは、イエス様に身を委ねます。イエス様に従い、イエス様ご自身とイエス様の教えをもっと知るという事は、必ず私たちをもっと大いなる平和とほんとうの自由へと導いてくれるでしょう。私たちは、すでにイエス様のご受難と死とご復活における、神さまの救いの御業の受け取り手となっています。そして、私たちは毎日、イエス様を信頼し続けています。私たちがはっきりと知らない、これから先にあるものは、いつも私たちにとって良いものであり、神聖なもののためにあります。

    これらのキリスト者にとって大切な3つのアドバイスは、確実に、巡礼する人々が自分たちの義務への招きに応え、未来の事に対して常に神さまに身を委ねるという事を思い起こさせてくれます。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2025年8月3日

    今週の福音

    第1朗読 コヘレトの言葉 1章2節、2章21~23節
    第2朗読 コロサイの信徒への手紙 3章1~5、9~11節
    福音朗読 ルカによる福音書 12章13~21節

    年間第18主日

    私たちの今日の朗読は、私たちが毎日の生活の中で本当に大切で優先すべきものを、もう一度考えなおし(見直し)、正直に確かめる気持ちにさせてくれます。たしかに私たちは、大人になったら何になりたいかと周りの人から聞かれた時、過去を思い起こす事で、大切にしてきたものや優先させてきたものを、きっと見つける事ができるでしょう。私たちは、成長し何年も一生懸命に努力して、自分たちの夢や培ってきた専門知識によって、どのように成功したのかを自分に言い聞かせることができるようにという目標を持っています。すでに亡くなっている多くの人々は実際、彼らが世界のために成し遂げ、貢献した事によって、今も皆によく記憶されています。事実、私たちも人生において成功したと自分に言い聞かせることができるようになるまで、このような人々に憧れ、彼らは私たちの夢がかなうための模範となります。これは、いつも自分たちの気持ちを奮い立たせ、生き生きと健康で、そして、地上で得たものを自分のために使って楽しむには良い事です。けれども、私たちは皆、この世の富から心を切り離すようにと招かれています。

     今日の黙想は、「この世」のものでほんとうに大切なものは何なのかを、私たちにもっとよく気づかせてくれる事ができると、私は信じています。この事に関しての「愛着と離脱」について、私たちは語り合う事ができるかもしれません。一方で、確かに私たちは、いつも勇気付けられ、この世で見たり作り続けている全てのものの信頼できる管理者となるように、同時に、物質的な富から離れて物事を見る事を忘れず、そして、永遠にあるものにもっと焦点を当てる事を忘れないようにと招かれています。これまでの人類の経験は、この世の富やいわゆる「人生の成功」は、底知れぬむなしさをもたらすという事を教えてくれています。それ故に、キリスト者の信仰という観点から、私たちは、神さまがお与えくださる事のできる永遠の喜びと充足感のみを、いつも心に留めています。私たちは、貪欲でないように、必要以上に富を貯えないようにと招かれています。今の時代の先生や賢者(人生をよく考察している人々)のような、信頼できる多くの人々からのたくさんの助言によって、利己的な欲望やこの世のものへの愛着は、私たちを神さまや、隣人たちとのほんもので健全なつながりから引き離してしまうという事を、私たちは学ぶのです。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 2025年8月カトリック中原教会からのお知らせ

    「聖書を読む会」は8月は夏休み

    第二部門(教育支援)

    毎週日曜日10:10〜10:40まで第2信徒会館図書室で「聖書を読む会」を行っております。8月は夏休みとなりますので、よろしくお願いします。9月から再開予定です。どなたでもご参加頂けます。現在旧約聖書を朗読中ですが聖書をお持ちにならなくても教会にある聖書を借りることができます。皆さまのご参加をお待ちしております。

    8/3(日)司祭不在時の集会祭儀の研修

    第一部門(典礼)

    8/3(日)のミサ後に、司祭不在時の集会祭儀の研修を行います。第一部門で担当の方、教会委員会役員、臨時聖体奉仕者の皆様は聖堂にお集まり下さい。

    8/6〜8/16 イソ神父様不在

    主任司祭

    8/6(水)~8/16(土)は、イソ神父様はフィリピンに帰られるため不在となります。その間、週日のミサはありません。

    8/10(日)「希望の巡礼者」講話

    教会役員

    8/10(日)のミサの司式は、レデンプトール修道会管区長の井上 武神父様。
    ミサが終わったあと、30分程度で「希望の巡礼者」について講話をいただきます。これは、9/13(土)に予定している中原教会信徒の皆さんでの山手教会への聖年の巡礼の準備のためにお願いをしました。多くの方の参加をお願いします。

    8/17(日)ミサ後「掃除の日」

    施設管理部

    毎月第3日曜日のミサ後、お掃除当番に入っていない方を対象に聖堂や第一信徒会館のお掃除をします。ダルクの皆さまも一緒に参加します。

    8/24(日)主日ミサ 小田神父様司式

    第一部門(典礼)

    8/24(日)の主日ミサの司式は、溝の口教会 小田神父様になります。
    ※神奈川第一地区では年に数回地区内での主任司祭の司式ローテーションを行い、地区内での交流を深めています。

    9/7(日)敬老の日のお祝い

    教会役員

    今年は、9/7(日)に75歳以上の信徒の皆様を対象に、「敬老の日のお祝い」を行います。75歳以上の信徒の皆様には、ミサ中に祝福、またご希望の方に塗油を主任司祭より行います。 

    9/13(土)聖年の巡礼「山手教会」訪問

    教会役員

    9/13(土)に聖年の巡礼、山手教会へ訪問します。
    ※人数等の把握のため、別途、参加名簿を作成します。
    10:45 山手教会集合 神奈川県横浜市中区山手町44
    11:00 ミサ(イソ神父様司式)
    12:00 昼食(各自昼食をご持参下さい)
    13:00 山手教会見学※昼食と見学が前後する可能性があります。
    14:00 現地解散

    9/21(日)合同堅信式

    教会役員

    神奈川第一地区合同堅信式(2年に1回)が、梅村司教を招いて貝塚教会にて行われます。当教会からは1名を予定しております。
    14:00~ 合同堅信式(於:貝塚教会)
    ※9/15(月・祝)13:00から貝塚教会でリハーサルがあります。

    物品寄付のお願い

    第三部門(社会福祉)

    ダルク(薬物依存症からの回復サポート施設)、サーラ(女性からの相談を受け自立支援する団体)から、次の物品が不足しているとのことですので、みなさんからの寄付を募ります。ご協力お願いいたします。
    お御堂の入口に段ボールの箱を置いて置きますのでよろしくお願いします。
    ・食料品:強力粉、薄力粉、調味料、缶詰、緑茶など
    ・日用品:食器洗剤、洗濯洗剤など
    ・中原パトロール:使い捨てカイロ