投稿者: 管理者

  • 今週の聖書朗読 2026年4月19日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 2章14、22~33節
    第2朗読 ペトロの手紙1 1章17~21節
    福音朗読 ルカによる福音書 24章13~35節

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    復活節第3主日

    使徒言行録では、一般的にイエス様のご復活を公言したイエス様の弟子たちについて記されています。第1朗読では、神さまの愛のしるしとしてのイエス様のご復活について書かれています。神さまの愛は、永遠の死からイエス様を解き放たれました。私たちは、イエス様の宣教、ご受難、死、そしてご復活の最初の証人である、イエス様の弟子たちの記述に頼っています。私たちの世代は、イエス様を中心とした日々の生活を送り、イエス様の生きざまを本当に知るようにする事で、応えています。私たちは、自分たちの信仰経験を隣人たちと 分かち合いながら、希望に満ちた人生を生きています。私たちの世代において、私たちも また、イエス様の死とご復活の本当の証人となる事ができるのです。私たちにはいつでも 教会があり、そこでイエスの教えをより深く理解することができます。

    私たちの共同体での霊的回想や黙想の中で、今日の福音朗読の箇所に、どれくらい出会うでしょう。聖書にあるエマオへの道の記述は、私たちの人生の旅路において、いつもイエス様の事を見いだすようにと招いています。例えば、ミサの間に、パンを裂くという事に私たちはイエス様を見出します。「崇敬」の経験とともに、私たちは、イエス様を宣べ伝え、パンを裂くことの意味をもっと深く理解しようというどうきが高められます。
    私たちが、いつ、どんな所でもイエス様を見出す事の出来る、より多くの場所や出来事を見出していく事ができますように。十分に安全な場所で人びとの事を配慮するという習慣が、イエス様を見出し、本当にイエス様の生きざまと目的を理解する最良の機会となりますように。

    神さまの愛は、イエス様のうちにはっきりと表されています。
    たとえ予期せぬ場所や時や状況であっても、たとえ予想外の人びとの中でも、いつも私たちが、イエス様を見出し、本当にイエス様と出会うための心の準備ができていますように。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2026年4月12日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 2章42~47節
    第2朗読 ペトロの手紙1 1章3~9節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 20章19~31節

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    復活節第2主日(神のいつくしみの主日)

    世界中の私たちカトリック信者は、20年以上にわたり、神のいつくしみの主日をお祝い しています。感謝の気持ちを込めて、神さまの寛大さといつくしみをいつもお祝いするの です。この神さまの寛大さといつくしみは、キリストと私たちを結び付け、私たちもより 寛大でいつくしみ深くなれます。

    第一朗読:キリストの最初の弟子たちは、イエス様の教えを広め続けました。イエス様を 信じる者と従う者たちは、イエス様の教えを聞くことにとても熱心で、祈りと分かち合い(誠実な心でパンを裂くこと)を通して、共同生活をおくっていました。

    イエス様のご復活後の最初の信仰共同体の信仰心に、私たちは大いに励まされます。 最初の弟子たちとご復活を信じる者たちの両方の召命は、現在の私たちが信仰共同体であり続けるための励ましとなるのです。彼らの終わりなく続く熱意のうちに、私たちは、信仰 共同体との生活を受け入れていこうとしています。共に祈り、分かち合い/他者に手を差し伸べることによって、私たちは、正しい道を歩んでいることを確信するのです。

    福音朗読:イエス様のご復活後も、イエス様の変わらぬいつくしみは、弟子たちに勇気と 希望、安心、自信、そして信仰を与えました。これらは、すべて彼らが受けたキリストの 平和がもたらした賜物なのです。

    復活されたキリストへの私たちの信仰は、キリストが私たちの内におられるという信仰 です。私たちの日常生活の中で、物事が正しくないように思える時、神さまのみことばは、私たちの希望と励ましになります。ご聖体にキリストがおられるように、そして、その他のすべての秘跡にあふれるお恵みのように、私たちのまわりにおられるキリストの聖霊は、 すべてのものを私たちが望むようにしてくださいます。キリストの愛とあわれみに信頼して、私たちが、善と美が続くキリストの平和を受け続けることができますように

    第二朗読:私たちの主であるイエス様のご受難、死、ご復活を通して、あわれみ深い御父である神さまが、私たちをゆるし、私たちすべてをご自分と結び付けてくださいます。永遠に神さまに賛美!

    私たちの時代と場所において、そして、信仰を通して、私たちは、神さまの愛を確信することによってご復活祭をお祝いします。私たちは、憎しみに対しての和解、誠実な心と無関心に対する思いやりの草分けや作り手となることによって、神さまの存在を認め、賛美し 続けます。そして、最終的には、平和を広めるプロモーターとなるのです。

    いと高きところで神に栄光。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2026年4月5日

    今週の福音

    第1朗読 使徒言行録 10章34a、37~43節
    第2朗読 コロサイの信徒への手紙 3章1~4節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 20章1節~9節

    (外部サイト:聖パウロ女子修道会が開きます)

    復活の主日

    みなさん、ご復活おめでとうございます。

    神さまの豊かなお恵みは、私たちのように救い主であるイエス様を信じる人々にとって、 栄光への入口としての十字架のイメージを思い描くよう導いてくださいます。私たちは皆、イエス様の栄光(ご復活)に入ることで、信仰の本当の意味を見つけるのです。確かに、私たちの信仰はイエス様のご復活に深く根ざしています。一度は逮捕されることを恐れて沈黙し、弱腰になっていたイエス様の弟子たちは、心を完全に変えて、イエス様が復活されて彼らと共におられたことを証しし始めます。私たちも、私たちの時代においても、イエス様が復活された生涯に深く根差した信仰を真に分かち合うようにと招かれています。私たちが信じて証しし、信じている事と証ししている事を行動するのです。

    私たちは、ご復活のお祝いが一度だけのお祝いではないことを覚えていなくてはいけません。私たちの教会のカレンダーにそって、イエス様のご復活を毎年お祝いします...。「イエス様の御からだがかけられた十字架のイメージ」は、痛み、不安、不正、差別、そして、その他すべての不完全さを経験している私たち皆に、確かにたくさんの慰めを与えてくれるかもしれません。ただ、イエス様の十字架にかけられたお姿を見つめるだけで、私たちは皆、生きる勇気を見つけ、「私は一人ではありません。」と単純に言うことができるのです。しかしながら、ご復活徹夜祭の典礼の豊かさと同様に、ご復活の喜びに 満ちたお祝いは、私たちの日々の生活にイエス様の十字架が何を伝えようとしているのか、もっと深く黙想するように招かれています。イエス様の十字架は、天の御父への(栄光への)入口のしるしなのです。イエス様がもはや十字架上にはおられないということは、私たちが今から受け入れようとしている十字架と同じく、十字架上でのさらに深い意味を 与えてくれます。「もはや十字架上におられないイエス様」(復活されたキリスト)は、私たち信徒の生活の中心となるのです。

    (1) 今日の朗読では、私たちの祈りの生活や、福音を証しし福音に生きることの難しさの経験によって、私たちが栄光に入られたイエス様の生きた証人となることを理解させてくれます。私たちは、苦しみの中でも笑顔を通して証人となるのです。一度、真の笑顔となる方法を身につけた私たちは、自動的にキリスト教の世界に加わります。これは、私たちの人生の時期であり、「神の御業の日。喜び祝い、喜び躍ろう。」(詩編118)ということです。

    (2) 今日の福音朗読は、私たちの信仰生活を支える聖書の一節を定義するもののひとつと考えられます。十字架の磔はイエス様の時代によく見られたとても歴史的な出来事です。 イエス様のご復活は、だれもイエス様がご復活されるところを見ていないので、信仰上の出来事です。初めに空の墓があり、それからは、すべてご復活後の話でした。私たち皆が持っているのは、空になった墓の記述と、ご復活後の記述ですが、マグダラのマリアを含むイエス様の弟子たちの行動は、死が私たちにとって最後ではないことを教えてくれます。 私たちにとってすべての終わりと思われる死よりも、新しいいのちの可能性は大きなものなのです。

    (3) パウロのコロサイへの教会への手紙は、イエス様の栄光への入口は、また私たち皆がいつも上にあるものを求めるようにと招かれている新しいいのちへの入口でもあるということを私たちにも伝えています。イエス様のご復活の恵みを受けて、私たちの回心が育ち続け、真に文字通り他の人たちも到達できますように

    ご復活をお祝いしましょう。新しいいのちをお祝いしましょう。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • カトリック中原教会からのお知らせ(2026/03/29)

    教会委員会

    教会委員募集

    今年の復活祭後から、任期の始まる教会委員ですが、依然として以下の役割の委員が決まっておりません。共同体として信徒の皆さんによる教会運営がなければ、成り立ちません。第二部門、第三部門、施設管理部の委員が不足しておりますが、どの部門でも構いません。自薦他薦をお待ちしております。


    第一部門(典礼)

    聖週間・復活祭日程

    今年の復活祭ミサは、4/5(日)11:00からとなります。
    なお、聖週間の予定を以下の通りとなります。特に聖木曜日、聖金曜日はご都合がつかない場合、鹿島田教会をご利用ください。
    3/29(日) 11:00 受難の主日(枝の主日)
    4/2(木) 17:00 聖木曜日(主の晩さん)※鹿島田19:00
    4/3(金) 17:00 聖金曜日(主の受難)大斎・小斎※鹿島田19:00
    4/4(土) 19:30 聖土曜日(復活徹夜祭)※鹿島田17:00
    4/5(日) 11:00 復活の主日 ※鹿島田9:00


    第二部門(信仰教育)

    聖書を読む会

    毎週日曜日10:10〜10:40まで第2信徒会館図書室で「聖書を読む会」を行っております。どなたでもご参加頂けます。現在旧約聖書を朗読中ですが聖書をお持ちにならなくても教会にある聖書を借りることができます。皆さまのご参加をお待ちしております。

    教会学校

    日曜日のミサの前、午前10時から、小学生を対象に第二信徒会館で教会学校を実施しています。
    教会学校の学びの効果は生涯に亘ります。ぜひご参加ください。
    ◆3/29は春休みです。4月の開始時期は検討中です。

    図書室

    第二信徒会館の図書室(玄関左側の部屋)に、キリスト教関連書籍が約1500冊保管されています。
    どなた様もご活用いただけます。


    第三部門(社会活動)

    4/5(日)復活祭パーティー

    昨年に引き続き、ボーイスカウト・ダルク・マックのみなさんも一緒にみなさんでお祝いしたいと思います。マリア会でご飯ものなどは用意しますが、みなさんからの持ち寄りも歓迎です。マック・ダルクの琉球太鼓もあります。
    ご協力よろしくお願いいたします。準備にご協力いただける方は、9:30に第一信徒会館ホールにお集まりください。テーブルセッティングもありますので、男性の方もご協力よろしくお願いします。
    Let’s all celebrate Easter at the party on April 5th. We’d love it if you could bring some food!

    福島やさい畑の販売報告

    福島やさい畑・能登支援の販売にご協力ありがとうございます。
    次回は、6/14に予定しています。

    使い捨てアメニティ寄付の辞退

    いつもステラマリスや中原パトロールの会への物品提供にご協力いただきありがとうございます。ときどきホテルに置かれている使い捨て歯ブラシ・カミソリなどの寄付をいただきますが、これらの使い捨てアメニティはステラマリスでも中原パトロールの会でも配付していませんので、辞退いたします。
    また、利用予定のないアメニティの持ち帰りはプラスティックの消費にもつながります。地球を守るために必要なもののみの消費を心がけましょう。

    中原パトロールの会)衣類など受け入れ休止

    いつも中原パトロールの会への様々な物品提供ありがとうございます。中原パトロールでは、野宿者の人数が減っていることや、衣類・寝具などの十分な在庫が確保できていることとから、物品の受け入れを休止します。引き続き、次の物は募集しています。

    • 固形石鹸
    • 単3・単4電池
    • カセットコンロ用のボンベ
    • 夏期の蚊取線香
    • 冬期の使い捨てカイロ

  • 今週の聖書朗読 2026年3月29日

    今週の福音

    第1朗読 イザヤ書 50章4~7節
    第2朗読 フィリピの信徒への手紙 2章6~11節
    福音朗読 マタイによる福音書 26章14節~27章66節

    (外部サイト:聖パウロ女子修道会が開きます)

    受難の主日

    私たちは、復活徹夜祭に洗礼志を受ける方々のために、この四旬節の間の主日のミサで共に祈ってきました。私たちは洗礼を念頭に入れ、私たちは皆で今までの四旬節の朗読を理解しようとしてきました。洗礼志願者の方々にとっては、これから先に何を受けとめるのかと いう祈りに満ちた期待溢れるものです。私たちはイエス様の教えから、心からイエス様の みことばを聞き、回心してイエス様のうちに新しい命を生きるという事を学びました。 私たちは、自分たちが必要としている物や望んでいる物を見直して、自分たちの浅はかな 視覚や触覚を超えるようにと招かれているのです。 

    今日は、受難の主日です。四旬節の黙想の最高の時にあるという事を、私たちが理解するのは大切な事です。過ぎ越しの神秘の黙想は、単に記憶に残し、薄っぺらな感謝の言葉にすることではありません。本当の回心は、神さまの救いのご計画に対する真摯な信頼を生み出します。十字架の決定的な勝利への絶大な信頼と、イエス様のうちにある全くの新しい命を 受け入れる事への信頼を表すために、私たちは枝を手に取るのです。 

    近年に起こっている出来事や現在の世界中で起きている出来事の断片を取り上げる事は、 私たちの聖週間の典礼行事としての黙想のために、少しでも役に立つ事かもしれません。各々の、そしてすべての国とその指導者たちは、自国の安全を確保するために立ち上がって闘い、自国の文化やすべての国民の平和を守るために声をあげています。世界中の キリスト者やキリスト者でない人びとがいる地上のあらゆる所で、聖週間の典礼行事が、 すべての国民の指導者たちやすべての人々の心に触れて、イエス様の力、特にイエス様が エルサレムに入城された時に現され、お示しになったイエス様の力について深く考える事ができますように。 

    イエス様を王とする王国では、奉仕がすべての基盤となっています。つまり、イエス様の 力は、平和と赦しと謙遜を生み出すのです。聖週間の典礼行事が創りだすすべてに及ぶ 変化が、目指している目的を必ず果たすことができるようにという願いは、私たち一人 ひとりの「数千の希望」なのです。ですから、私たちは、絶え間なく希望を持ち続け、祈り続けます。 

    この世の現実や、人類の持つ解決できない問題がたくさんあるにもかかわらず、イエス・ キリストは主であるという事を、私たち一人ひとりが心の底から認め、回心することが できますように。それ故に、私たちの信仰を深めさせ、イエス・キリストは神であるにも かかわらず、謙虚に仕えるために人となられた事を、私たちは証しします。私たちも、 イエス様のように従順なものとなりますように。 

    神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。
    こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名に ひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、 父である神をたたえるのです。(フィリピ2.10~)

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2026年3月22日

    今週の福音

    第1朗読 エゼキエル書 37章12~14節
    第2朗読 ローマの信徒への手紙 8章8~11節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 11章1~45節

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    四旬節第5主日

    今日は、四旬節第5主日です。今日のミサでは、成人洗礼志願者のための三つの特別な 意向の祈りのうちの最後の祈りを捧げます。聖週間の典礼が近づくにつれて、私たちは洗礼志願者のために、そして、彼らと共に祈り続け、共に人間としての現実の生活の中で勇気 づけられていきます。イエス様のご受難と死についてのこの時期の四旬節の黙想で、 イエス様のご復活は、私たちの小さな共同体やそれぞれの家庭、そして、今日の私たちの 世界が良いものとなっていく希望のしるしであると、私たちは受けとめます。私たちは、 平和のために祈り続け、希望を持ち続け、働きかけていくのです。今日の福音朗読の ラザロの死からのよみがえりは、イエス様が「復活であり、いのちである。」という事への理解を深めていくものです。 

    今日の朗読のエゼキエルの予言では、神の民を墓からよみがえらせるという神さまの意向/理由について書かれています。それは、死者の骨であふれている谷がよみがえったという 話で、つまり、罪と偶像崇拝のために死んだイスラエルが、神さまの力を認識して、 神さまのうちによみがえったというたとえ話です。神さまの彼らへの意向は、神さまこそ 唯一の神であることを心から知ることなのです。 

    ラザロは、よみがえったすべての人びと、つまり洗礼によってキリストのうちに新しい命を与えられるすべての人びとを象徴しています。少なくとも3つの事について黙想して みましょう。

    • 洗礼は、新しい命への入口です。
      古い命の時は、私たちの救い主であり、贖い主であるイエス様の事を、私はほとんど受け入れていませんでした。新しい命となって、キリストの霊をしっかり受け止めるのです。
    • 私たちは、日々の回心へと招かれています。
      悔い改めと私たちの主の赦しによって、私はよみがえります。
    • キリストのうちにある新しい命とは、イエス様の救いの使命に参加する事です。
      私は、隣人たちに手を差し伸べ、現在の自分の苦しみと同様に、自分の癒しの経験を隣人たちと分かち合います。

    今日の第2朗読では、キリストの霊のうちに生きる事について書かれています。人類の持つ本性のある部分は、とても人間的で素早い反応や行動をする事を正当化し、それらはとても普通で自然体であると主張するかもしれません。けれども、「この命」のもっとも深い 意味と目的を追求するという事は、私たちを聖霊のうちにある真の命、すなわちイエス様の救いの使命への参加へを導きます。私たちのうちにあるキリストの霊は、今までに見た事のないものを、私たちに見せてくれる事ができます。人類の持つ本性のある種の破壊的な 一面の自己中心的な表現に応じてしまう事で、私たちは、長い間、自分たち自身や隣人 たちを傷つけ、それ故に、多くの人類の苦しみや死をもたらす事になっているのかも しれません。

    キリストの霊を持たない者は、キリストに属いていません。
    キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、
    霊は義によって命となっています。 (ローマ8.10参照)

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2026年3月15日

    今週の福音

    第1朗読 サムエル記上 16章1b、6~7、10~13a節
    第2朗読 エフェソの信徒への手紙 5章8~14節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 9章1~41節

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    四旬節第4主日

    今日は四旬節第4主日です。今日のミサで、私たちは3つの特別な祈りのうちの2番目にある成人洗礼志願者のための祈りを捧げます。私たちのキリスト者としての生活を受け入れるにあたって、彼らが神さまとの関係をもっと深めるための最適な時と、助けとなる環境を見出す事ができるようにと祈り続けます。

    四旬節第4主日は、「ラエタレの主日」(喜びの主日)とも呼ばれています。私たちの心に目を向けてくださる神さまの豊かな愛が、私たちの悲しみや苦しみを喜びと平和に変えてくださるので、私たちは喜びに満たされます。

    第一朗読では、現代の私たち人類の経験、特に、私たちが自分たちの生活をどのように受け入れるのかという事を確認させてくれるでしょう。私たちは、しばしば周りの人びとを目で見て、そして、容姿/肉体のうわべから、そして多分、生活レベルや出身地・肌の色をもとに判断しています。私たちは、しばしばとても物質的な基準や、そして多分、彼らからどうやって利益を得られるのかを考慮して、隣人たちを判断しています。

    神さまは人間とは違って、心の中をご覧になるということを、神さまはサムエルに思い出させます。私たちは、心の底から自分自身を表現し、そして、隣人たちの心を見るようにと求められているのです。私たちは皆、物質的な基準によってではなく、友だち、そして、兄弟姉妹となれるでしょう。私たちの祈りに満ちた黙想の初めの段階で、私たちは心の目を開くようにと招かれています。そうすれば、神さまの癒しの力のうちに、私たちの持っている肉体的な基準を満たしていないと思う隣人たちに対する自尊心や無関心さを、私たちは捨て去る事ができるのです。

    今日の福音朗読では、先週の福音にあったサマリア人の女性と話をされた時と同様のイエス様のご意向を知ることができます。今回は、生まれつき目の見えない人を癒されるというものです。目を癒された男は、イエス様が誰であるかを深く理解し、最終的にイエス様を救い主として信じるようになりました。私たちは40日間の四旬節の黙想中ですので、回心と隣人たちとの分かち合いに対する意欲が、イエス様を確固として信じる事の結果であるということを、私たちは(目を癒された男性や井戸に来たサマリアの女性と同じように)理解するでしょう。

    今日の福音の中のイエス様は、生まれつき目が見えない男を癒された後、民衆と何人かのファリサイ派の人々と対峙します。イエス様にとって、特にファリサイ派の人々は目が見えていないという事を語られるのに最適な時でした。ファリサイ派の人々は、イエス様がおっしゃっている目が見えないという事をすぐには理解できなかったかもしれません。そして、私たちも多分、現代社会での目が見えない事とは異なったなにかを黙想すべきなのです。

    第二朗読では、イエス様のうちにある私たちの洗礼の時から輝くキリストの光について、力強く書かれています。それ故に、私たちも、この日曜日を喜びの日曜日と呼ぶのです。光の子として生きるようにという招きは、罪のうちに生きる傾向にある私たちの心に響き渡ります。光は、明晰で隠すことなく、平和と喜びをもたらすのです。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2026年3月8日

    今週の福音

    第1朗読 出エジプト記 17章3~7節
    第2朗読 ローマの信徒への手紙 5章1~2、5~8節
    福音朗読 ヨハネによる福音書 4章5~42節

    (外部サイト:聖パウロ女子修道会が開きます)

    四旬節第3主日

    今日は四旬節第3主日です。今日とご復活祭までの間、私たちは教会に来て、全世界で復活徹夜祭に洗礼を受ける洗礼志願者の方々のために祈ります。 

    今日の出エジプト記からの短い朗読では、

    (1)人びとが、自分たちや子供たちや家畜が飲む水がないといってモーセに言った不満、

    (2)最悪状況になった時、モーセに対して人々が何かしようとしているというモーセの懸念、

    に対して、神さまがモーセに命じられた事について書かれています。今日の短い朗読から、神の民へのご意向と、神の民の指導者たち(この場合はモーセ)への擁護を理解することができます。 

    今日の福音朗読では、いのちの水であるイエス様について書かれています。このいのちの水を飲む人は誰でも、決して渇くことがありません。福音朗読の中に出てくる女性は、井戸に来た目的しか頭になく、イエス様の言葉に困惑します。しばらくして、その女性は、イエス様が言っておられる事の意味を理解しました。確かに、その女性には、理解するために自分の心をもう少し開く必要がありました。自分たちのたくさんの物質的な心配事は、とても簡単に理解するのに、度々、イエス様がおっしゃった事は正確に理解できていないという事に気付くようにと、私たちは招かれています。 

    今日の第二朗読では、キリスト者の喜びについて要約されています。イエス様は、まず十字架の栄光を私たちに対して輝かせてくださいました。誰よりも何よりもイエス様を選ぶという事は挑戦ですが、私たちには、イエス様のうちに平和があり、毎日の私たちの心の中に注がれる聖霊に身を委ねます。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • 今週の聖書朗読 2026年3月1日

    今週の福音

    第1朗読 創世記 12章1~4a節
    第2朗読 テモテへの手紙2 1章8b~10節
    福音朗読 マタイによる福音書 17章1~9節

    (外部サイト:聖パウロ女子修道会が開きます)

    四旬節第2主日

    イエス様と弟子たちの関係においてのとても大切な瞬間とは、単にイエス様が弟子たちにとっての先生であるという事だけではなく、キリストであり救い主であり、皆が待ち望むイスラエルのメシアであるという事を認識できる瞬間です。もう一つの大切な瞬間は、完全に弟子たちにとって先生(イエス様ご自身)でありメシアであると認識されたイエス様が、遅かれ早かれ、イエス様の事を脅威や敵とみなす人びとに「引き渡され」、「磔刑」を受け、最終的には十字架上で「死」を迎えるといった苦しみをお受けになる事を、弟子たちに告げ知らせ始めた瞬間です。そして、3日後に死から復活される事は、弟子たちがよく理解すべきもう一つの事です。私たちは、イエス様の最初の弟子たちのように、例えば永遠の幸福、人生のいろいろな困難な事柄から私たちを永遠に解き放ってくださるメシアを切望しています。私たちにとって最高の場所を見つけた時、私たちは永遠にその場にとどまりたいと思い、その願いは永遠に続きます。明日ではなく、今すぐにと、誰もが切望しています!しかしながら、私たちは皆、地上での現在の生活において、もっと深く黙想し、神様のぶどう園で成すべきことを達成するための勇気と喜びを見出すようにと招かれています。これが今日の福音朗読での基となる招きであり、天の父である神さまから遣わされた方として、もっとイエス様に信頼を置くようにと招かれているのです。 

      洗礼の秘跡は、私たちが神様の愛とキリストの平和を広め続けるために遣わされた事を思い起こさせてくれます。私たちは皆、弱者には力を与え、声なき人々には声を与え、隣人たちが語り合い、正義と和解を通して、平和と静けさのための空間と場所を与えるために遣わされているのです。第一朗読の創世記では、その使命についてよく説明されています。神さまの御ことばに心から耳を傾ける神さまの子どもは、神さまから遣わされる事を望んでいます。私たちは、この点でどのように「遣わされる」のかについて、とても特別な理解があります。アブラムとその他の人々が、神の民を導くようにと遣わされ、彼らがこの呼びかけに応えた話の通り、彼らは、たった一人でその使命を果たす事はありませんでした。彼らを遣わされた神さまは、彼らを敵から守るために、いつも共におられました。 

      第2朗読のテモテへの励ましの手紙で、パウロも同じことを言っています。それは、単なる人間からくるものではなく、まさに神さまからの聖なる招きなのです。私たちは、神さまがお与えくださった強さと忍耐によってお応えするのです。私たちは、私たちをお遣わしになった神さまに信頼を置くのです。 

    私たちには、静けさのうちにもっと時間を費やせるよう、四旬節を遵守する上で大いに助けとなるテーマが与えられています。私たちは、黙想するのに助けとなる逃れ場を見つけるかもしれません。霊的な声を聞くための最適な機会を得るかもしれません。読むべき良書に巡り合えるかもしれません。私たちの喜びや悲しみを隣人たちと分かち合う事が、キリスト者としての最良の生き方である事も忘れてはなりません。私たちは、神さまからの恵みを受けているのです。今こそ、私たちは勇気を持って、神さまからのたくさんの恵みを伝えていきましょう。

    主任司祭 アルセ・エクソル・マグボー

  • カトリック中原教会からのお知らせ(2026/02/22)

    教会委員会

    四旬節愛の献金のお願い

    2/18(水)灰の水曜日から四旬節愛の献金が始まります。広く国内外の自立支援やいのちを守る活動への支援に使われます。世界中で困っている多くの兄弟・ 姉妹のためにご協力をお願いします。

    教会委員募集

    今年の復活祭後から、任期の始まる教会委員ですが、依然として以下の役割の委員が決まっておりません。共同体として信徒の皆さんによる教会運営がなければ、成り立ちません。第二部門、第三部門、施設管理部の委員が不足しておりますが、どの部門でも構いません。自薦他薦をお待ちしております。


    第一部門(典礼)

    聖週間・復活祭日程

    今年の復活祭ミサは、4/5(日)11:00からとなります。
    なお、聖週間の予定を以下の通りとなります。特に聖木曜日、聖金曜日はご都合がつかない場合、鹿島田教会をご利用ください。
    3/29(日) 11:00 受難の主日(枝の主日)
    4/2(木) 17:00 聖木曜日(主の晩さん)※鹿島田19:00
    4/3(金) 17:00 聖金曜日(主の受難)大斎・小斎※鹿島田19:00
    4/4(土) 19:30 聖土曜日(復活徹夜祭)※鹿島田17:00
    4/5(日) 11:00 復活の主日 ※鹿島田9:00

    3/8(日)第一部門会

    3/18(日)ミサ後に第一部門の部会を開催予定です。
    ミサ後、第二信徒会館図書室にお集まりください。

    3/15・22・28(日)十字架の道行き

    3/15(日)掃除後、3/22(日)聖歌の集い後、3/28(日)ミサ後に十字架の道行きを行います。みなさん、ご参列ください。

    3/22(日)聖歌の集い

    3/22(日)ミサ後に聖堂で聖歌の集いを行います。
    みなさん、ご参加ください。


    第二部門(信仰教育)

    聖書を読む会

    毎週日曜日10:10〜10:40まで第2信徒会館図書室で「聖書を読む会」を行っております。どなたでもご参加頂けます。現在旧約聖書を朗読中ですが聖書をお持ちにならなくても教会にある聖書を借りることができます。皆さまのご参加をお待ちしております。

    教会学校

    日曜日のミサの前、午前10時から、小学生を対象に第二信徒会館で教会学校を実施しています。
    教会学校の学びの効果は生涯に亘ります。ぜひご参加ください。
    ◆3/29は春休みです。4月の開始時期は検討中です。

    図書室

    第二信徒会館の図書室(玄関左側の部屋)に、キリスト教関連書籍が約1500冊保管されています。
    どなた様もご活用いただけます。


    第三部門(社会活動)

    バザーのご報告

    2/8(日)のミニバザーにご協力ありがとうございました。
    大変な天候でしたが、みなさんのご協力で無事開催できました。
    材料費などを引いた収益は川崎ダルク・川崎マック・カラカサン・女性の家サーラに寄付しました。

    3/8(日)外国人のための医療相談

    川崎市主催の医療相談とX線検査が貝塚教会で行われます。
    Medical Mission by Kawasaki city at Kaizuka church.
    くわしくはポスターをみてください。

    3/15(日)福島やさい畑の販売

    3/15(日)のミサ後に福島やさい畑の販売を行います。
    2/29(日)にどのようなものを販売するかをお知らせします。